串田孫一「動物との対話」
2018年度 東京大学 前期 第四問
問題提起Q
子供と小動物との間にある「対話」とは何か。大人はその対話にどう関わればよいのか。
二項対立問一問二問三問四
子供と小動物との関わりは何によって成り立つのか。そこに大人は何をしているのか。
大人が言葉・物語・徳目で与え、意味づける
子供と小動物の間に実際に起きていること
何によって成り立つか
説明・脚色・評価・呼びかけ(人間の側の枠組み)
偶然の出会いと、言葉によらない沈黙
本文での現れ
お膳立てされた話と本/人間性の匂い豊かな芝居のような物語/動物愛護の模範生という評価/名を呼び餌をやり叱る言葉かけ
動物の生活の一部分への出会いと自分からの感得/残酷とも見える探究(蚤に血を与える)/玩具とは別種のものとしての生きもの/沈黙のうちの対話
筆者の評価
効果が薄れ逆効果/用心しなければならない/思い違い/人形への話しかけと同じで大した問題にならない
自分から感得する方が値打ちがある/黙って見護っ〜ればならない
限定ただし、その沈黙の対話を聞き取れる耳を持つ者は、誰一人いない。
筆者の主張
動物と子供の間の大切な対話は、大人が物語や徳目や言葉で与えたり意味づけたりできるものではなく、沈黙のうちに行われている。だから大人は先回りして与えず、黙って見護るほかない。しかもその沈黙の対話を聞き取れる耳を持つ者は、誰一人いない。
問一
傍線部ア お膳立てので〜る虞れもある
なぜか説明せよ
設問型
なぜか
本文参照箇所
親は自分の少〜期待できる。
それよりも、〜はならない。
残酷な行為だ〜ことである。
考え方
子供が自ら○○する機会を親が奪うから。
親は感動を教材に仕立てて先に与える
本来は偶然出会い、自分で感得する
∴先に意味を整えると感得の過程が省かれる
=実感を欠き、押しつけとして働く
cf「自信は思い上がりに変貌しやすい」
必要要素
・動物の生との出会いとその意味は、子供が自分から感得してこそ値打ちがある
・親が話や本の形で意味を整えて先に与える(お膳立て)
・子供が自ら気づく過程が省かれ、実感を伴わない(効果が薄れる)
・押しつけとして受け取られ、かえって関心を殺ぐ(逆の効果)
問一
傍線部ア お膳立てので〜る虞れもある
なぜか説明せよ
模範解答
動物の生の意味は子供が自ら出会って感得してこそ値打ちがあり、親が話や本として整えて与えると、自ら気づく機会が奪われ、押しつけとしてしか働かなくなるから。
問二
傍線部イ 人間性の匂い〜書かれている
どういうことか説明せよ
設問型
どういうことか
本文参照箇所
動物と子供と〜いるからだ。
シートンの『〜していない。
考え方
大人の物語が動物を○○して描いているということ。
主語は「大人が創った物語」
「舞台・芝居」 =筋立てられた作り物
「人間性の匂い」 =人間の感情や道徳を動物へ移す
∴動物のありのままの姿ではない
cf「躊躇している親は読み落としていない」 =否定的評価
必要要素
・大人が動物(と子供の関わり)を題材に創った物語のことである
・人間の感情や道徳を動物に投影している(擬人化)
・筋立てられた作り物として脚色されている(舞台・芝居)
・動物のありのままの姿から離れており、用心を要するものである
問二
傍線部イ 人間性の匂い〜書かれている
どういうことか説明せよ
模範解答
大人が創った動物の物語の多くは、動物をありのままに描かず、人間の感情や道徳をあてはめて、人間くさい筋書きの作り物として脚色されているということ。
問三
傍線部ウ この少年を動〜い違いを嘲う
なぜ嘲うのか説明せよ
設問型
なぜか
本文参照箇所
ファーブルは〜をしていた。
蚤を飼育して〜く似ている。
それよりも蚤〜ばならない。
考え方
少年の行為は○○ではなく○○だから。
少年 …蚤に自分の血を与えて飼う
ファーブル …毒虫に皮膚を与えて記録
→動機は生きものを知ろうとする関心
残酷とも見える行為を含み、愛護の徳目とは別
∴徳目に当てはめる読みは取り違えである
必要要素
・少年の行為はファーブルと同質の、生きものを知ろうとする関心から出ている
・残酷とも見える行為を含み、動物愛護や生命尊重の道徳とは別のものである
・人間の徳目を当てはめて行為の意味を取り違えているからである
問三
傍線部ウ この少年を動〜い違いを嘲う
なぜ嘲うのか説明せよ
模範解答
少年が蚤に血を与えたのは、ファーブルと同じく生きものを知ろうとする関心からで、残酷とも見える行為であり動物愛護の道徳とは無縁なのに、それを人間の徳目に当てはめて取り違えているから。
問四
傍線部エ 子供がしている小動物との対話
どういうことか説明せよ
設問型
どういうことか
本文参照箇所
子供は掌に乗〜話をしない。
人形に向って〜に過ぎない。
動物との大切〜普通である。
名前をつけて〜同じである。
その、沈黙の〜人もいない。
考え方
言葉ではなく○○のうちに○○する関わり。
小型自動車と二十日鼠を子供は区別する
∴玩具とは対話をしない =相手は生きもの
名を呼び餌をやり叱る =人形への話しかけ
∴言葉のやりとりは「対話」ではない
∴大切な対話は沈黙のうちに行われる
cf筆者は「対話」という語自体を警戒している cf末尾
…その沈黙が聞こえる者は一人もいない
必要要素
・子供は玩具と生きた小動物とを別種のものとして区別している
・名を呼び餌をやり叱る言葉かけは人形への話しかけと同じで、ここでいう対話ではない
・言葉によらず沈黙のうちに小動物と向き合い、通じ合う関わりである
・その中身は誰にも聞き取れないものである
問四
傍線部エ 子供がしている小動物との対話
どういうことか説明せよ
模範解答
子供は玩具と生き物を区別し、名を呼び餌をやる言葉のやりとりではなく、沈黙のうちに小動物と向き合い通じ合っている、誰にも聞き取れない関わりだということ。
教員用
骨の選定記録
授業の骨は『大人が言葉・物語・徳目で先回りして与え意味づけること』と『子供と小動物の間に沈黙のうちに成り立っていること』の対置を読み、末尾の限定(誰にも聞こえない)まで追うこととした。四設問がそれぞれ別の「大人の意味づけ」を扱いながらこの対置へ収束するため、本文の統括構造と授業の中心が重なる。対案(親は不干渉であるべきという子育て論)は、傍線イ・エを統括できないため、対置の一方の極の内部へ統合した。
転用可能な気づき
説明し過ぎ・先回りして意味づけすぎることが、当人が自分で気づく機会とその値打ちを奪う、という構造は他教材へ転用できる(解説過多の授業、鑑賞における解説の押しつけ)。また、日常語(ここでは「対話」)を本文が常識的語義を否定しながら定義し直す過程を追う読み方も、評論一般で使える。いずれも本文の主張とは分けて生徒へ渡す。
背景知識(作者・注釈語句)
串田孫一(一九一五〜二〇〇五)は哲学者・随筆家で、山や自然を題材にした随想を多く残した。断定を避ける抑制的な語り口(「信じよう」「まず考えることである」「用心しなければならない」)が全編を貫き、結論も教訓として閉じない。注のシートンは『動物記』の作家・博物学者、ファーブルは『昆虫記』の昆虫学者。
口頭補足(本文冒頭と第13段落の機能)
①第1〜3段落の有袋類・抱卵斑は雑学ではない。「これは動物学〜る問題である」「専門を決めた〜ない穽である」「人間だけには〜てはならない」が、説明しきれないものを説明したことにするなという留保を先に置いている。②第13段落の、愛玩動物の犠牲を救おうとする第三者の憐愍と批評への批判は、親への批判(先回りするな)と同じ形を、外部の世間的な正しさへ広げたもので、傍線ウの『思い違い』と同型である。③第14段落冒頭の「対話という言葉も……あまり使いたくない」は、筆者が自分の用いる語自体に釘を刺している箇所で、本文の緊張感の源である。
注意(限定の扱い)
末尾の「一人もいない」に人称限定はない。親・第三者・物語の作者・筆者自身を含む全否定であり、『黙って見守る大人には分かる』という教訓へ回収しないこと。授業そのものが『お膳立て』になりうるという逆説を、教える側が自覚しておく。
注意(推論的接続・背景枠組みの扱い)
冒頭の留保(人間にも理解しがたい部分がある)と末尾の全否定(一人もいない)を、人間の理解の限界という一本の糸で結ぶ読みは説明力があるが、本文がこの二点を明示的に結んでいるわけではない。推論的な接続として扱い、板面には確定した構造として置かない。同様に、近代的人間観への懐疑という枠組みも背景層に留め、解答根拠には用いない。
背景知識(模範解答の候補について)
各設問には添付模範解答が3件(解答例・赤本・駿台)与えられている。これにAI作成の答案1件を加えた計4件が候補であり、各設問とも板面にはこのうち3件を掲げ、残る1件(どの設問も赤本)は教師用枚の「模範解答(全候補)」に残した。東京大学第四問は例年解答欄が二行程度だが、本問題文には字数・行数の指定が明記されていないため、板面の設問型には字数条件を書いていない。
口頭補足(設問間の対象整理)
四設問の評価対象は互いに別である。問一=与え方、問二=物語の書かれ方、問三=評価の枠組み、問四=対話の中身。答案が四つとも「大人が先回りするから」という同じ文になっていたら、設問ごとの対象を取り違えている。生徒に返す際はこの点を先に確認させる。
注意(典型的な欠陥)
「飽きるから」「ありがたみがなくなるから」だけで止め、自ら感得することの値打ちに触れない。/「効果が薄れ」と「逆の効果」を区別せず、一方しか説明しない。/「親が悪い」という一般的な子育て論へ流れ、本文の価値づけを使わない。
教員用
口頭補足(弁別点)
理由を表面的な因果(飽きる・ありがたみ)で処理するか、第8段落の価値づけ(自分から感得することの値打ち)まで遡れるか。
模範解答(全候補)/問一
【AI作成・採用】動物の生の意味は子供が自ら出会って感得してこそ値打ちがあり、親が話や本として整えて与えると、自ら気づく機会が奪われ、押しつけとしてしか働かなくなるから。
注意(典型的な欠陥)
「人間味があって感動的に書かれている」と肯定的に読む。/「擬人化されている」の一語で終え、作り物・脚色という側面を落とす。/主語(大人が創った物語)を落とし、動物そのものの話にしてしまう。
口頭補足(弁別点)
比喩を字面通り肯定的に読むか、直前の「用心しなければならない」と直後のシートン評から否定的含意として読めるか。
口頭補足(冒頭との関連・不使用の理由)
第2段落「人間だけには〜てはならない」は、人間中心の理解への警戒を冒頭で先取りする伏線として読めるが、本文が傍線イと明示的に結んでいるわけではないため、板面には出さず口頭に留める。
模範解答(全候補)/問二
【AI作成・採用】大人が創った動物の物語の多くは、動物をありのままに描かず、人間の感情や道徳をあてはめて、人間くさい筋書きの作り物として脚色されているということ。
注意(典型的な欠陥)
嘲う対象を少年だと取り違え、少年の行為を批判する答案にする。/「少年は残酷だから愛護の模範ではない」と書き、探究的関心という動機に触れない。/ファーブルとの類比を使わず、根拠のない動機の推測になる。/『黙って見護っていた親を讃める』側だけを書き、嘲う理由を書かない。
口頭補足(弁別点)
嘲う対象を正しく特定したうえで、ファーブルとの類比を根拠に少年の動機を捉え直せるか。
模範解答(全候補)/問三
【AI作成・採用】少年が蚤に血を与えたのは、ファーブルと同じく生きものを知ろうとする関心からで、残酷とも見える行為であり動物愛護の道徳とは無縁なのに、それを人間の徳目に当てはめて取り違えているから。
注意(典型的な欠陥)
「対話」を言葉のやりとりのまま説明し、本文が名指しで除外している行為を答案の中身にする。/「心が通い合う」と情緒的に美化し、沈黙という限定語を落とす。/玩具との区別に触れず、相手が生きものであることの意味を書かない。/「大人には理解できない」を、親だけが理解できないという限定に狭める。
口頭補足(弁別点)
日常語の語感に引きずられず、本文が除外した候補(言葉かけ)を外したうえで、沈黙という限定を残して再構成できるか。
模範解答(全候補)/問四
【AI作成・採用】子供は玩具と生き物を区別し、名を呼び餌をやる言葉のやりとりではなく、沈黙のうちに小動物と向き合い通じ合っている、誰にも聞き取れない関わりだということ。