野家啓一『歴史を哲学する――七日間の集中講義』
2018年度 東京大学 前期 第一問
Q
知覚できない過去の出来事を、なぜ「実在した」と言えるのか
何が『実在』を保証するか
狭い実証主義(通念)
筆者
実在の基準
見聞臭触で知覚できること
理論的な探究の手続きに支えられること
実在の確かめ方
目で見る・触れる
実験装置・計器・史料批判と発掘
当てはまる例
目に見える事物
素粒子・赤道・前九年の役
限定
理論・物語りに内在する=虚構ではない
過去は知覚できないが、実在しないのではない。素粒子を物理学理論が、赤道を地理学の理論が支えるように、歴史的出来事の実在は史料・絵画・遺物からなる「物語り」のネットワークが支える。そこを離れた同定は「神の視点」を要して不可能であり、歴史的出来事は物語りに内在してのみ存在する。だが虚構ではない。
教員用
問一
傍線部ア
その痕跡が素〜かなりません
どういうことか
説明せよ
どういうことか
第2段落冒頭。素粒子自体は知覚も接触もできないと述べる箇所
同段落。見えているのは間接的な痕跡にすぎないと確認する箇所
同段落末尾。実在の意味は理論が与えると述べる箇所
痕跡は霧箱・泡箱に残る水滴や泡
素粒子そのものではない
∴
痕跡だけでは実在の証拠にならない
⇨
痕跡を証拠と認めてよいと正当化するのは理論
量子力学に基づく物理学理論
∴
実在の意味は観察でなく理論が与える
・
素粒子自体は知覚できない
・
観察できるのは痕跡という間接的現象にすぎない
・
痕跡を実在の証拠と見なす正当性は量子力学に立つ物理学理論が与える
・
実在の意味は直接観察ではなく理論に支えられている
本文へ
教員用
次へ
問一
傍線部ア
その痕跡が素〜かなりません
どういうことか
説明せよ
素粒子自体は知覚できず、
見えるのは霧箱などに残る痕跡という間接的現象にすぎないが、
その痕跡が実在の証拠たりうると保証しているのは、
直接の観察ではなく
量子力学に基づく物理学理論だということ。
本文へ
教員用
前へ
次へ
問二
傍線部イ
「理論的虚構〜まれていない
どういうことか
説明せよ
どういうことか
第3段落前半。知覚できないだけで存在自体は疑われていないと述べる箇所
同段落後半。実在の確認には実験装置と理論的手続きが必要だと述べる箇所
理論的虚構とは理論の上だけの作り物
⇨
本文はこれを全面的に否定する
∵
知覚できないだけでれっきとした存在
∵
実験装置と理論的手続きで実在を確かめる
∴
知覚できないことと作り物であることを区別する
・
理論的存在は知覚的に観察できないというだけである
・
想像上の作り物・虚構という含意を持たない
・
巨大な実験装置と一連の理論的手続きによって実在が確かめられる
・
実在性を疑う人がいないれっきとした存在である
本文へ
教員用
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問二
傍線部イ
「理論的虚構〜まれていない
どういうことか
説明せよ
理論的存在とは知覚的に観察できないというだけのことで、
想像上の作り物という含意はなく、
巨大な実験装置と一連の理論的手続きによって実在が確かめられる、
れっきとした存在だということ。
本文へ
教員用
前へ
次へ
問三
傍線部ウ
「フランス革〜象であること
どういうことか
説明せよ
どういうことか
第5段落中盤。ポパーの引用中、具体的なのは個々の人だと示す箇所
同段落末尾。歴史記述の対象はものでなくことだと述べる箇所
戦争や軍隊も抽象的概念
ex
具体的なのは殺される人々や制服の男女
⇨
歴史記述の対象はものでなくこと
=
こととは関係の糸で結ばれた出来事
見えるのは個々の要素だけ
出来事自体は思考で組み直して捉える
・
フランス革命・明治維新は個々の事物ではなく関係で結ばれた出来事である
・
知覚できるのはそこに関わる個々の人や行為にすぎない
・
出来事自体は関係を思考によって再構成して初めて捉えられる
本文へ
教員用
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次へ
問三
傍線部ウ
「フランス革〜象であること
どういうことか
説明せよ
フランス革命や明治維新は、個々の事物ではなく多くの人や行為が関係で結ばれた出来事であり、
知覚できるのは個々の要素だけで、
出来事自体は関係を思考で再構成して初めて捉えられるということ。
本文へ
教員用
前へ
次へ
問四
傍線部エ
歴史的出来事〜ともできます
なぜ「物語り的存在」といえるのか
説明せよ
一〇〇字以上一二〇字以内
句読点も一字
本文全体の論旨を踏まえて
なぜか
/
一〇〇字以上一二〇字以内
/
本文全体の論旨を踏まえた上で
/
句読点も一字と数える
第4段落。歴史的事実も知覚できない
第6段落末尾。理論を物語りと呼び換える一文
第7段落前半。史料・絵巻・発掘物の網
第7段落後半。独立の同定は神の視点を要する
第7段落末尾。素粒子や赤道と同じ理論的存在
○○は知覚できず、○○のネットワークに内在してのみ存在するが、○○ではないから
歴史的出来事も素粒子や赤道と同様に知覚できない
⇨
実在は理論的探究の手続きが保証する
⇨
理論を物語りと呼び換える
⇨
史料・絵巻・遺物…物語りの網が実在を支える
⇨
ネットワークを離れた同定は神の視点を要し不可能
前九年の役という呼称自体が物語りを前提
∴
歴史的出来事は物語りに内在してのみ存在する
ただし虚構ではない
・
歴史的出来事は素粒子や赤道と同様に知覚できない
・
その実在は文書・絵画・遺物からなる物語りのネットワークが保証する
・
独立の同定は神の視点を要して不可能で、呼称自体も物語りを前提する
・
ゆえに物語りに内在してのみ存在する
・
それは虚構であることを意味しない
本文へ
教員用
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問四
傍線部エ
歴史的出来事〜ともできます
なぜ「物語り的存在」といえるのか
説明せよ
一〇〇字以上一二〇字以内
句読点も一字
本文全体の論旨を踏まえて
歴史的出来事も、素粒子や赤道と同様に
直接知覚できない
が、実在は
史料や絵画や遺物からなる物語りのネットワーク
が支えており、それを離れた同定は
神の視点を要して不可能だ
から、
物語りに内在してのみ存在する
が、それは
虚構ではない
から。
本文へ
教員用
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問五
a
フタ
→
蓋
b
リンセツ
→
隣接
c
コショウ
→
呼称
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教員用
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観察できない対象をめぐる科学哲学の位置づけ
観察できない対象を「理論的存在」として扱うのは科学哲学の枠組みで、観察できるものだけを実在とみなす立場との長い論争の中にある。「物語り負荷的」は、観察そのものが理論に依存するという考え方を歴史学へ移した造語。歴史記述を物語りとして捉える議論の中で、この文章は素朴な実証主義と、歴史を作り話とみなす立場の双方を退ける位置にある。
直接確かめられないことと存在しないことを混同しない読み方
「直接確かめられない」ことと「存在しない・作り話だ」ことを同一視しない区別の技術。歴史学から遠い分野の例(素粒子)から、筆者が「もっと身近なところ」と呼ぶ隣接分野の例(赤道)へ、さらに歴史学そのものの例(前九年の役)へと段階的に近づけて抽象的主張を立てる論の運びと、その途中に置かれる呼び換えの一文を探す読み方。
授業の骨をどう選んだか
四つの傍線がすべて一本の論証の各地点を問い、四つ目の設問がその全体の圧縮を求めている。本文の中心構造と設問配列がほぼ重なるため、その中心構造をそのまま授業の骨とした。「もの」と「こと」の区別は骨には立てず、三つ目の設問の解答根拠として扱う。板面の対立表は、筆者が第3段落で「捨て去らねばなりません」と退ける狭い実証主義と筆者の立場を、「何が実在を保証するか」の軸で対置したもの。筆者側の三行目(素粒子・赤道・前九年の役)が、物理学→地理学→歴史学と一つずつ類推を積み上げる一本の論証の道筋にあたり、四つの傍線はその道筋の各地点(問一=素粒子の実在の保証、問二=理論的存在は虚構ではない、問三=歴史学の対象は知覚でなく思考の対象、問四=物語り的存在という結論)を問う。
想起と物語りの射程の違い、赤道の限定
冒頭の「物語り行為」は一人の想起に対応する営みであり、後半の「物語り」は史料・図像・遺物が織りなす集合的なネットワークであって、両者は射程が違う。板面の対立表は「何が実在を保証するか」という軸だけを示すもので、想起と物語り行為を一対一で対応させる図ではない。また、素粒子・赤道との同じさについて本文は「認識論的に見れば」と限定している。赤道は座標の取り決めではないかという疑問は自然だが、本文はそれを論じておらず、計器と理論が通過を確認できる実在として扱っている。
「物語り的存在」を作り話と誤読させない
「物語り的存在」という結論の語だけを取り出すと「歴史は作り話」という相対主義へ滑る。二つ目の傍線の否定と、四つ目の傍線の条件句を必ず対にして読ませる。
問一の典型的な欠陥
痕跡があると述べるだけで、理論がそれを保証している関係に触れない。「量子力学」を理論の名前として挙げるだけで、その機能(正当化の働き)を書かない。
問一の導入
「理論なしの痕跡はただの水滴と泡である」と一度言い切ってから本文へ戻すと、理論の媒介機能が伝わりやすい。
問二の典型的な欠陥
「虚構ではないということ」で終わる同語反復にとどまり、実験装置と理論的手続きという積極的根拠を書けていない。知覚できないのに存在するのは矛盾だと書いてしまう。
問二の位置づけ
ここを外すと、問四で「歴史は作り話だ」と書いてしまう。問二の否定を、問四の条件句と対にして読ませる。
問三の典型的な欠陥
規模が大きいから、あるいは昔のことだから抽象的だ、という粗い理由づけにとどまる。抽象的という語を、単に難しい言葉だと表層的に説明するにとどまる。
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問三の問い返し
「制服を着た男女は見えるが、軍隊は見えるか」と問い返すと、ものとことの区別が作りやすい。
問四の典型的な欠陥
傍線部の言い換えに終わり、独自の内容を加えない。虚構ではないという限定を落として相対主義的にまとめてしまう。素粒子や赤道の類推を全く経由しない。
問四の字数配分
字数配分の目安は、知覚できないという点に二十字程度、物語りのネットワークに四十字程度、神の視点に二十字程度、虚構ではないという結びに三十字程度とすると組み立てやすい。「この理論を物語りと呼び換えるならば」という一文が物理学・地理学から歴史学へ渡る蝶番になっている。「前九年の役」という呼称そのものがすでに一定の物語りを前提している。
問五の典型的な誤り
cは同音の別語(個称・故障等)に流れやすい。文脈の名づけの論点と結びつけて確定させる。
問五の位置づけ
cは本文の論点(名づけ自体が解釈であること)と直結する。漢字だけの問題として流さない。
模範解答(全候補)/問一
【AI・採用】素粒子自体は知覚できず、見えるのは霧箱などに残る痕跡という間接的現象にすぎないが、その痕跡が実在の証拠たりうると保証しているのは、直接の観察ではなく量子力学に基づく物理学理論だということ。
模範解答(全候補)/問二
【AI・採用】理論的存在とは知覚的に観察できないというだけのことで、想像上の作り物という含意はなく、巨大な実験装置と一連の理論的手続きによって実在が確かめられる、れっきとした存在だということ。
模範解答(全候補)/問三
【AI・採用】フランス革命や明治維新は、個々の事物ではなく多くの人や行為が関係で結ばれた出来事であり、知覚できるのは個々の要素だけで、出来事自体は関係を思考で再構成して初めて捉えられるということ。
模範解答(全候補)/問四
【AI・採用】歴史的出来事も、素粒子や赤道と同様に直接知覚できないが、実在は史料や絵画や遺物からなる物語りのネットワークが支えており、それを離れた同定は神の視点を要して不可能だから、物語りに内在してのみ存在するが、それは虚構ではないから。
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