宇野千代『巷の雑音』
2026年度 大学入学共通テスト 追試験 第2問
設定
大正期、林檎の花咲く春の一日けがでミシンを回収され、暮らしが行き詰まっている
どこ東京の間借りの二階と上野の停車場
だれお絹・英二(九年ぶり)・おえい
手紙前の喜び⇨上京の知らせを重荷と見る心情
 ⇨機関車が現れた瞬間、肉身への愛情が泉のように湧く
 ⇨偶像が崩れる⇨嘲笑に憤る一方、帯が瞳から離れない→底の愛情を信じ、黙って満足
葛藤
弟をかばい、嘲る者の下素根性を憎む
 ⇔弟の帯と袖を恥じ、品定めする →同じ場面で両方が働き、気附かれるのを恐れる
生活苦と世間体が姉に弟を品定めさせても、嘲笑と沈黙の底に愛情は湛えられている
問1
(ア)にべもなく
①あえなく
②しがなく
③そつなく
④○すげなく
(イ)すばしこく
①しぶとく
②○めざとく
③のぶとく
④あざとく
問2
傍線部A この仕事はお〜してくれた。
なぜか
本文参照箇所
第2段落。少ない言葉から意味を汲みとる作業に注目
考え方
「この仕事」 …少ない言葉から意味を汲みとる作業
手紙はお世辞なし、電報を長くしたようなもの
⇨乏しい文面を工夫して読む行為そのものが喜び
→喜びの出所は内容の豊かさではなく読む工夫
正答の軸
喜びの出所が「読み解く作業」であること
各肢の判定
①×「ありありと感じられる」喜びの出所を読み解く作業から内容の鮮明さへすり替えている
②×「つらい労働を忘れさせる」本文にない効用を加えている
③×「少しずつ上達していく様子」本文にない時間的変化を加えている
④○
問3
傍線部B お絹は情けない顔をして
なぜか
本文参照箇所
おえいの返事。取り合ってもらえない内容に注目
お絹の返答。すでに到着時刻が迫っている事実
考え方
たった一人の相談相手がにべもなく退ける
=「断れ」は、もう汽車に乗った弟には使えない
⇨手立てのないまま夕方の到着が迫る
→不安と手詰まりの顔
正答の軸
相談が空振りで、もう手立てがないこと
各肢の判定
①○
②×「原因としておえいを恨めしく思っている」おえいへの恨みは本文にない
③×「念のため」「申し訳なさ」相談の動機を軽くし、心情を的外れな謝意にずらしている
④×「素直に援助を求めることもできず」自ら「全く困ってしまうのよ」と声を掛けている事実と矛盾
問4
傍線部C 自働人形
人々のどのようなあり方をたとえた表現か
本文参照箇所
停車場の場面。三例に共通する動機に注目
考え方
三つの例 …令嬢・ネクタイの男・芸者連れ
共通 …自分がどう見られるかだけで動く
=他人の思わくばかりで動いている ⇨人形
=飾った外面と空っぽの内面
正答の軸
他人の目のための自己顕示=内面の空虚
各肢の判定
①×「他者が生み出した価値観や流行に従っている」本文は流行への追従ではなく、見せたがる自己顕示を描く
②×「金銭的余裕から」「受動的なあり方」赤切符(最も安い券)と矛盾し、能動的な見せたがりという向きも逆
③×「横着なあり方」評価語がずれ、内面の空虚さに届かない
④○
問5
傍線部D 英二はもう玩具ではない。
どういうことか
本文参照箇所
弟への幻想。無邪気な子供像に注目
重ねた理想。楽しい暮らしを夢見ていた箇所
再会時の現実。地元の若者としての姿に注目
考え方
玩具 =思い通りに扱える偶像
偶像 …継のない制服、苦労のない顔、楽しい巣
⇨現実は山車を担ぐ立派な若い衆
→思い通りにはならない一人の他者
正答の軸
重ねた理想が崩れ、思い通りにできる相手ではなくなったこと
各肢の判定
①×「ともに暮らしていけそうな相手ではなくなっている」末尾の「湖のような愛情」と矛盾する関係破綻への拡張
②○
③×「中学校へと進学し」「変化しているものと考えていた」幻(お絹の願い)を現実の予想と取り違えている
④×「帽子をかぶってはおらず」「心が通わない」一点に限定し、末尾の相互の愛情と矛盾する
問6
傍線部E 二人は、逐い〜駅から出た。
ここでの英二とお絹の心情は
本文参照箇所
再会後の帰路。無言が続く場面に注目
お絹の内心。品定めを気附かれる恐れに注目
考え方
英二 …嘲笑を引きずり、訛りを笑われるのを恐れる
お絹 …嘲る下素根性を憎む
帯と袖が瞳から離れない
⇨自分も同じ目で弟を見ていると気づく
→品定めを気附かれるのが恐い =後ろめたさ
正答の軸
沈黙の理由は二人で違う。英二=萎縮、お絹=自分への後ろめたさ
各肢の判定
①×「話したくないという英二の気持ちが」「伝わってくるため」沈黙の理由をお絹自身の自覚から英二側の意思へ移している
②×「帯を笑われて、何も言えなくなるほどに胸を痛めている」英二の心情は本文(訛りへの心配)とずれる「他の話題が見つけられないでいる」お絹の後ろめたさが欠けている
③×「いつも田舎者に厳しい目を向けている」その場の自覚を恒常的な性質へ広げている
④○
問7
本文の表現上の特徴についての説明は二つ
考え方
肢を二つに割る
…①特徴は本文にあるか ②効果の向きは同じか
お絹が知らない事柄を語る =俯瞰の目
無機的な描写 =関心でなく無関係さ
擬人化 =お絹の焦りに重なる
正答の軸
特徴の有無と効果の向きを別々に確かめる
各肢の判定
①○
②×「弟への気遣いを強調している」足の痛みの箇所は自分の思案への没入であり、効果の向きが逆
③○
④×「お絹の思いとは無関係に時間が流れてしまう」「こんなのろまな汽車を見た事がなかった」=彼女の焦りと連動しており無関係ではない
⑤×「お絹の関心の強さ」「なんの係りもない様な叫声」=関心ではなく無関係さ・疎外を表す
⑥×「ほほえましく見つめるお絹の姿」帯と袖が瞳から離れない=気がかりと羞恥であり、ほほえましさではない
教員用
「呪った」の対象
「自分を呪った」の対象はミシン屋の甘言に乗った自分自身であり、弟ではない。生徒が「弟を呪った」と誤読しないよう留意する。
本文理解を補う語の説明
循環小数=割り切れず同じ数字列が無限に繰り返される小数で、出口のない堂々巡りの思考の比喩。奴凧=人が両腕を広げた形の凧で、信玄袋の重みで肩が揺れる描写と重なる。赤切符は三等の最も安い乗車券。
時代背景
1922年(大正11年)発表。分割払いのミシンが女性の経済的自立の生命線であり、けがによる収入断絶とミシン回収の連鎖が当時の生活基盤の脆弱さを示す。旧制中学は義務教育ではなく、進学は比較的裕福な家庭の男子に限られていた(注11)。水色縮緬の帯は男性や子供が用いる柔らかい帯で、老父の配慮が都会では嘲笑の的になる認識差がある。
授業の骨の選定
表層(生活苦・体裁・羞恥による動揺)と深層(変わらない愛情)という二重構造を骨として検討したが、小説の本文枚は心情の変化と葛藤で示す固定要素のため、二重構造は主題文と転用可能な気づきへ回した。
心情の読み方の観点
心情は一つのラベルへ還元せず、表層の動揺と深層の安定した感情に分けて読める。表層の揺れは深層の不在を意味しない。本文固有の主張へは混入させず、別教材へ転用可能な観点として残す。
英二の自立の描写
英二は信玄袋をお絹の手から振払って自分で提げて歩き出す。姉に世話をされるままではない、自立した一人の若者としての振る舞いであり、問5の「もはや思い通りにできる存在ではない」を支える具体である。
おえいの人物像
おえいは英二の上京を口では「にべもなく」退けながら、裏ではナップル時計工場への世話を「ひそかな親切心で思い廻らしていた」。問7①の俯瞰的視点(お絹の認識によらない記述)の直接の根拠である。
問7二つ目の選択の弁別
②と③が最も揺れる。②は身体表現という特徴自体は本文にあるが、効果(弟への気遣いの強調)の向きが逆で、足の痛みの箇所はまだ厄介払いを考えている段階である。この弁別によりEduが未確定とした点をOrcが③に確定した。