遠藤周作『影に対して』
2026年度 大学入学共通テスト 本試験 第2問
問1
問2
回想(戦前・大連)
勝呂の少年期、小学校五年生前後
どこ
大連の病院、自宅、街
だれ
勝呂・母・父・伯母・Sさん
現在(東京)
どこ
東京のデパートと食堂
だれ
勝呂・妻と子
心情の変化
問3
問4
幸福な一日、「なぜ悪い」と自分に言い聞かせる
⇨
まさにその時
⇨
母の死顔が浮かぶ。母の『満足』の宣言と同じ構造
葛藤
平凡で安定した今の生活を肯定したい
⇔
小説を捨てたことへの恥・後ろめたさ
問6
母の自己犠牲と勝呂の自己欺瞞が重なり、死顔が今を撃つ
問5
教員用
問1
傍線部A
彼女が今、何〜あげてきた。
どういうことか
同じ段落、母がヴァイオリンの運指をする仕草
同じ段落、病気で母を独占できた理由
同じ段落、治らないことが必要だった理由
母の仕草…膝に肱をつき左手の指を動かす
⇨
ヴァイオリンの運指をしている
勝呂が願っていたのは母ではなく楽器の不在
→
寂しさ=目の前の母の心が楽器へ向く
→
怒り=病床の自分の傍でさえ忘れない母へ
二つの感情の対象を別々に示し、どちらも「今・ここ」の母に向いていること
①
×
「後ろめたく思う」
本文にない心情。入院の長引きを望んでいた
②
○
③
×
「入院生活が終わると母を占有できなくなる」
時点をずらす誤り。今現在の母の心について
「あらゆる所作に難癖をつけて八つ当たりしたいという衝動」
過大な一般化。本文はこの場面の行動のみ
④
×
「自分から母を奪ったヴァイオリンに対する憎しみ」
怒りの対象を楽器にすり替え、本文は母に対する感情
「楽器にすら勝つことができない自分を哀れに思う」
本文にない心情。寂しさの対象が母である
本文へ
教員用
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問2
傍線部B
父も満足そうだった。
そのように見えたのはなぜか
直前、母の家事・庭仕事・勉強の手伝いの様子
49行目、父の持論「病気せず」
50行目、父の持論「平凡を笑う者」
50行目、父の持論「高望みするな」
直後、母の表情への言及は記憶にないとの留保
「父も」…勝呂に加えて父も満足
何に?
⇨
母がヴァイオリンをやめ平凡な日々に収まったこと
父の価値観…平凡が一番いい・高望みをするな
「言われて母が」
⇨
その言葉は母へ向けられている
肢は〈父の根拠〉と〈母の帰結〉の二つを言う
∴
両方が本文に合う肢だけが残る
父の逐語が平凡を軽んじる戒めで、母が実際に応じていること
①
×
「母に対しても庭いじりに満足をするような慎ましい生き方を求めており」
父自身の庭いじりを母への要求にすり替えている
「母は草花に愛情を注ぐことを日課とするようになっていた」
本文にない記述。母の行動は家事・勉強の手伝い
②
×
「音楽のせいで心身に支障をきたすことがないように求めており」
父の言葉に音楽と心身を結ぶ記述がない
「母は勝呂や家族の健康のために力を尽くしていた」
母の描写(勉強の手伝い・酒を運ぶ等)と合わない
③
○
④
×
「母は演奏の練習を休止し家族との生活に感謝しようとしていた」
「感謝しようとしていた」は哀しそうな微笑の反復と矛盾
本文へ
教員用
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問3
波線部a
哀しそうな微笑をかける
波線部b
哀しそうにうなずく
波線部c
哀しそうに微笑した
波線部d
哀しそうな微〜みつめていた
本文55〜69行目
各場面での母の様子についての説明は
波線a、家計簿の説教後、勝呂への微笑
波線b、大連の夏、黙って歩く道でのうなずき
波線c、ミルクホールでの病気問答への微笑
波線d、客の軍歌を見つめる微笑
四つとも「哀しそう」…違いは〈誰に向けた表情か〉
a…勝呂へ b…勝呂へ c…勝呂へ
d…相手がいない。勝呂への応答ではない
「あの哀しそうな微笑」…反復そのものを指す
∴
dだけが、役割の中で染みついた表情
dが応答でなく、役割の中で染みついた表情である点
①
×
「気をそらそうとしている」
能動的に気をそらす意図は本文にない
②
×
「勝呂の存在まで腹立たしく感じてしまう」
本文にない負の感情。母はあくまで哀しさを示す
③
×
「息子の憂慮を確信へと深めさせてしまっている」
そのような結果は本文に書かれていない
④
○
本文へ
教員用
前へ
次へ
問4
傍線部C
まだ小学校五〜たのである。
この部分の説明は
当時の勝呂…嬉しい気持ちでその返事を聞いた
今の勝呂…裏の感情が分かる
裏の感情=音楽学校時代の友人への対抗心
∴
二つの時点の差と、対抗心という中身の両方が要る
裏にある感情を「友人への対抗心」と言えているか
①
○
②
×
「友人が暗に非難している父をかばおうとする母の気持ちが込められていた」
対象を「友人への対抗心」から父への配慮にすり替え
③
×
「子供を育てながら音楽を続けていくことの難しさに無理解な友人への不満が含まれていた」
対抗心ではなく、友人への不満・共感へすり替え
④
×
「時々癇癪を起こす勝呂やぐずぐず説教する父への当てつけとして友人につい漏らしてしまったものであった」
対象を勝呂や父への当てつけにすり替え
本文へ
教員用
前へ
次へ
問5
本文の表現に関する説明は
適当でないもの
16行目、父の考えか不明という留保
17行目、母の気づきも不明という留保
19〜20行目、少年期のホットケーキの記述
32行目、現在の食堂でのホットケーキと氷菓
58行目、苦力が眠る大連の真昼の描写
59行目、客のいない馬車の馬の描写
66行目、周囲が不思議に思わなくなった描写
67行目、変ったと言う者もいない描写
表現問題…〈特徴〉と〈効果〉を分けて確かめる
②の特徴…共通の食べ物が出る
→
これは本文にある
②の効果…「西洋文化の伝播の象徴」
本文での働き…過去と現在をつなぐ個人の記憶
∴
効果の説明だけが本文から出ない②を選ぶ
特徴はあるが、そこから導く効果が本文にあるかどうか
①
○
②
×
「西洋文化の伝播の象徴として効果的に表現されており」
「西洋文化の伝播の象徴」という効果が本文から導けない
③
○
④
○
本文へ
教員用
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問6(ⅰ)
空欄Ⅰ
空欄補充
問題冊子の【ノート】を参照
抜粋①…誰からも看られず死去/死顔の眉間に苦しそうな暗い影
抜粋②…アスハルトの道=安全・足あとが残らない
海の砂浜=歩きにくい・足あとが残る
「そんな人生を母さんはえらびました」
⇨
自ら選んだ
∴
孤独で苦しい側と、自ら選んだ側の両方が要る
孤独・苦しさと自己選択の両方を含み偏らないこと
①
○
②
×
「その厳しさに最後はくじけてしまった悲惨な人生」
最後まで自分の選択を貫いた手紙の内容と矛盾
③
×
「自分が偉業を成し遂げることを追い求めた」
達成志向は手紙にない。家族優先も根拠外
④
×
「選んだ道が自分のためにではなく、息子への教えになるように」
自分の人生を選んだという手紙の論旨と逆
本文へ
教員用
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次へ
問6(ⅱ)
その時、まる〜かんできた。
空欄補充
問題冊子の【ノート】を参照
直前の独白…「なぜ今更、小説を書く必要があるんだ」
⇨
小説の道を捨て、今の暮らしでよいと言い聞かせる(妥協)
母の手紙…アスハルトの道を歩くなという教え
その最中に母の死顔
⇨
母の示した道(小説の道)への未練がよみがえる
∴
決めかけた生き方を再び迷わせる点が「残酷な悪戯」
妥協しようとする時点と、母の示した道への未練が戻す迷い
①
×
「独り死なせてしまった後悔をより鮮明に呼び起こす」
問われているのは今の生き方への迷いで、看取れなかった後悔ではない
②
×
「独善性や束縛をも感じる」
本文にも【ノート】にも根拠がない読み
③
×
「母が責めているように感じる」
死顔は「苦しそうな暗い影」で、責める顔とは書かれていない
「彼に反省を迫る」
手紙は道を選べという勧め。戻るのは迷いで反省ではない
④
○
本文へ
教員用
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時代背景
舞台は日本統治下の大連。注の語(満人の女中・苦力・内地・満鉄)は当時の支配構造を前提にした語であり、注の説明を確認するにとどめ、本文の主題を植民地批判へ横すべりさせない。
「足あと」という言い換え
母の手紙にある「足あと」は、個人の生の痕跡が残るか、安全な道に埋もれて残らないか、という軸の言い換えとして使えるが、この一般論を本文の主張として板面には出さない。
授業の骨の選定
本文が実際に動かしているのは人物間の恒常的対立ではなく、現在場面における勝呂の内面の転換である。二項対立の方がよく説明するとは言えないため、心情の変化(葛藤を併せて示す)を採った。
反復表現の読み方
同じ言葉(哀しそうな微笑、満足している)が繰り返されるとき、反復そのものが登場人物の積み重なった感情を示す記号になる。入試現代文全般に転用できる読みの観点。
回想の二重の時間軸
本文は現在の東京の場面から始まり、大連の少年期の回想へ分け入る構成を持つ。【設定】の「いつ」の二区分(現在/回想)がこの構造を示す。問4の「当時/今」の二層の理解もこの時間軸の応用である。
問1の注意
寂しさの対象(目の前の母の心)と怒りの対象(病床でも楽器を忘れない母)を生徒が混同しやすい。二つの感情の対象を別々に確認させる。
伯母との言い争いの具体
伯母の金歯、ハンカチを握る母の手の震え、その夜に母が泣いたことなど、母がヴァイオリンを断念する社会的圧力の具体。問2の根拠としては直接使わないが、父の求めに母が応じていく背景として言及できる。
父の意図の留保
父の訓辞がどこまで母を諭す意図だったかは、本文が二度「わからない」と書いており断定しない。板面では父の内心を断定的に説明しない。
AI三役との相違点
AI三役はいずれも②を支持したが、Orcが原典照合により③へ是正した。②は伯母の非難と父の「病気せず」をもっともらしく結びつけるが、父の言葉自体に音楽への言及はなく、帰結部が母の実際の行動描写と合わない。先生の確認を要する箇所。
選択肢の弁別
②③は本文にない負の感情・結果(腹立たしさ、息子の確信を深める)を付け加えている点で共通する。本文にある感情語(哀しそう)の強度を超えない範囲で判定する。
二つの時間軸の重なり
問4は当時(小学校五年生)と現在(勝呂が子を持った後)の二層の理解を問う。この二層構造は本文冒頭の回想構成の応用である。
特徴と効果を分ける
表現技法の設問では、本文に「ある特徴」が存在するかと、そこから導く「効果」の説明が妥当かを別々に検査する。②は特徴(共通の食べ物)はあるが、効果(西洋文化の伝播の象徴)は本文から導けない。
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【ノート】は作品全文からの抜粋
【ノート】の抜粋①②は「影に対して」の全文からの引用であり、問1〜問5で読んだ本文(抜粋)には書かれていない。生徒にこの層の違いを導入で確認させる。
問6(ⅰ)の注意
孤独・苦しさの側面だけ、または自己選択の側面だけに偏った肢(②③④)を選ばないよう、両方を含む①を確認する。
問6(ⅱ)の注意
二重傍線部の直前にある自己弁護(「なぜ悪いんだ」「恥じる必要があるんだ」)と、母の教え(アスハルトの道を歩くな)との結びつきが「残酷な悪戯」の核心。①②④はこの結びつきを欠く。
授業の骨の到達点
問6は、本文解説の中心の構図(心情の変化)と【作者の描こうとした主題】が実際の設問でどう問われるかを示す到達点の設問。母の生き方の理解(ⅰ)と、勝呂の自己欺瞞への気づき(ⅱ)が重なって主題に至る。
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