櫻井あすみ『「贈与」としての美術・ABR』
2026年度 大学入学共通テスト 本試験 第1問
「わかりえないもの」はなぜ「美しいもの」に転じるか。 「作品」制作とは何か。
交換可能な世界と交換不可能な「贈与」の次元
「交換」の枠組み
「贈与」の次元
対象の言語化
分析的に把握・理解し、交換可能な概念へ分節化する
言語的意味が剥奪され、わかりえないものへ変容する
やりとりの前提
概念的枠組・価値尺度の共有を前提に成立する
価値を量ることも正確な分節化も不可能
ものの価値
様々なものが容易に交換可能だと信じられている
等価に交換不可能な余剰を多分に含む
「美」の捉え方
客観的で社会〜じられている
主観的で個人的な価値にも強く支えられる
「他者」
約束事を共有しコミュニケーション可能と信じられる他者
絶対的に「わ〜ての「他者」
限定択一ではなく包含関係。 交換可能な世界から美と不可能性が現れる。
美は「わかりえなさ」から生まれる贈与。 作品制作とは、他者への贈与である。
問1
(ア)肩 ①健脚 ②空拳 ③堅実 ④○比肩
(イ)透かして ①陶酔 ②逃亡 ③哀悼 ④○浸透
(ウ)塗料 ①○塗布 ②吐露 ③前途 ④渡来
(エ)根幹 ①乾電池 ②○基幹 ③慣用句 ④貫通
(オ)尺度 ①借用 ②○縮尺 ③釈明 ④磁石
問2
傍線部A それは日々の〜ものだった。
どういうことか
本文参照箇所
第1段落末…「見えない約束事があった」
第2段落末…「友人の顔色を気弱に窺っていた」
第4段落末…「言葉で把握不可能なものとなり」
第5段落…「理解しきれない「他者」」
考え方
幼少期…約束事から逸脱しないよう顔色を窺う
人のわからなさ…不安・居心地の悪さ
exガードレール・錆びた鉄階段・雑草に目が留まる
⇨意味の輪郭が失われ「言葉で把握不可能」になる
→物のわからなさ…不思議な心地よさ
∴核は、意味や言葉で捉えきれないこと自体
正答の軸
「わからなさ」の核を意味・言葉への不可能性に置けるか
各肢の判定
①×「風景のみすぼらしさに「美しさ」を求め」本文は受動的「ふいに目が留まる」で逆向き。「それを素直に感じられることに言い知れない心地よさ」心地よさの核は把握不可能性で、素直さではない。
②×「自分自身に対する理解を深めていく」本文は「自分という存在すら不確かだった」と逆方向。
③○
④×「他者の求めるルールや基準を放棄し」本文は「友人の顔色を気弱に窺っていた」と矛盾。
問3
傍線部B 造形行為には〜う側面がある
どういうことか
本文参照箇所
第9段落末…「自己の存在もまた揺るがされる」
第10段落末…「思いもよらない素材の姿を受動的に味わう」
第11段落…「突如現れる、予測不可能な「美しさ」」
考え方
素材と戯れ、その形や色を変質させる
⇨思いもよらない素材の姿が出現する
⇨それを受動的に味わい、また手を加える
→変質と遭遇の反復=「交流」
cf線の中から形象が自ら現れる(ラスコーの壁画)
∴作者の在り方(自己の同一性)も揺るがされる
正答の軸
素材との往還が作者自身の変容を含むか
各肢の判定
①×「素材が作者の内的イメージを補強する」本文は「思いもよらない」「超えて」と逆方向。
②○
③×「素材の「聖なるもの」としての姿を引き出す」本文は形象が「自ら現れる」とし、作者が引き出すのではない。
④×「見る主体と対象との関係が逆転していく」本文は関係が「崩れ去る」のであり逆転ではない。
問4
傍線部C 冒頭からこれ〜にすぎない。
筆者はなぜこのように述べるのか
本文参照箇所
第12段落…「にもかかわらず」で転じ根源へ一般化
第13段落末…美・芸術の本質に関わる
考え方
傍線C…自分の記述を「私的」「個人的」と限定
⇨直後「にもかかわらず」で転換
⇨「あらゆる芸術的体験の根源に関わる」へ
→私的体験を普遍へ開くための限定
∴限定は謙遜ではなく、一般化のための論の運び
正答の軸
私的限定のあとに一般化へ転じているか
各肢の判定
①×「芸術的体験の多様性に関わるものとして強調」本文は一つの根源へ収束させ、多様性強調は逆方向。
②○
③×「誰にでもわかるものとして提示」本文は「他者と完全に共有することが不可能」と矛盾。
④×「芸術を主観的な価値を持つものとして説明」私的性の確認で止まり、一般化への転換を欠く。
問5
傍線部D そのとき、暗〜了解される。
なぜか
本文参照箇所
第16段落…「交換」が成立する前提
第17段落…「交換不可能性」が露わになる瞬間
第17段落末…自己と世界の枠組みが揺らぐ
考え方
日々の世界…価値を客観的に推量できると信じられている
⇨そのただ中から「美しさ」が出現する
⇨世界が本来の「交換不可能性」を露わにする
∴共有可能と信じた世界の内側に
わかりえない余白としての「他者」が了解される
正答の軸
共有可能な世界の内側から不可能性が露わになる構図か
各肢の判定
①×「わかりあえない他者が現実社会に存在していることを理解できる」余白としての「他者」を現実の人間へ矮小化している。
②×「共有可能な基準が明らかになり」露わになるのは交換不可能性であり、基準ではない。
③○
④×「個人による感覚が最大限尊重される望ましい社会の姿」本文に根拠のない評価的主張の追加。
問6
傍線部E 「作品」を制作するということ
このことに対する筆者の考えは
本文参照箇所
第19段落…「受動的に巻き込まれるばかりでなく」
第19段落末…「微かに期待しながら」
第11段落末…「たとえそれが『完成』したとしても」
考え方
傍線Eの直後…「受動的に巻き込まれるばかりでなく」
⇨自ら能動的に「わかりえないもの」を生み出す
⇨一方的に贈り出す…交換不可能・受け取られる保証なし
cf作品は手からはみ出し、見知らぬものとして現れる
→制作者の固定化された自己も揺るがされる
∴同じことが受容者にも起きるのを、微かに期待する
正答の軸
受動と能動、保証なき贈与という三層を保っているか
各肢の判定
①○
②×「「美しさ」という概念の虚構性」本文に根拠がなく、美を虚構とは述べていない。
③×「よりよく変化させることを、難しいながらも実践している。」本文は自己が揺るがされるとし、よりよい変化は示さない。
④×「「美」を完成させることである」第11段落末は「完成」を括弧付きで相対化している。「難しいながらも目指している」「目指す」は「微かに期待しながら」より強すぎる。
教員用
授業の骨の選定
採用した骨は、わからなさの価値が反転し一方的な贈与としての制作へ至る流れである。各設問が傍線部ごとの節点を測り、筆者の主張に直結するため採用した。幼少期の記憶と制作過程を比較する読み方や、「他者」概念の広がりに重心を置く読み方は、全文を貫く力が劣るため採用せず、必要な部分は各設問の解説で扱う。
バタイユとポスト構造主義
バタイユは、洞窟に描線を引く行為を素材を変質させる魔術的な操作とみなし、線の中から形象が聖なるものとして自ら現れ、見る者と見られる対象の関係が崩れ去ると考えた。この考え方が、素材との交流(問3)の内実を支える。本文自身も「美」「芸術」の本質に関わると述べ、私的体験から根源へ向かう論の運び(問4)を支える。固定的な自己という見方への疑いも、自己や世界の枠組みが揺るがされるという記述(問5・問6)と重なる。贈与の考え方に近い理論はあるが、本文はそれを名指してはいないため、授業では断定しない。
導入で使う本文の具体
第4段落の景色の列挙を読み上げ、美しいものに限らず様々なものに目が留まることを体感させる。第7段落の、描きたい絵のイメージに沿わずに街を歩く様子を紹介する。第8段落の、作品化はむだではないかという筆者自身の問いかけと、それでも作るのは作者にもわからない新しい何かが生まれるからだという答えを、問3の前提として示す。第13段落の、共有はできないが「美」「芸術」の本質に関わるという一文を、問4と問5の橋渡しに使う。設問に入る前に、生徒がしがちな浅い理解(わからなさを単なる不安としてしか捉えない読み方や、美を客観的な基準だけで捉える読み方など)を先に言葉にさせておくと、各設問の対比が効く。
交換と贈与の関係について
交換の枠組みと贈与の次元は、どちらかを選ぶ対立ではない。交換可能だと信じられている世界のただ中から美しさが出現し、交換不可能性が露わになるという包み込む関係で説明する。優劣の対立として板書しない。
他教材にも使える観点
わからないことを欠点ではなく価値として読み替える見方。ある営みを、言葉や貨幣でのやりとりの外側に置く捉え方。どちらも本文固有の主張とは分け、他教材での読解に生かせる一般的な観点として扱う。
問1(漢字)の扱い
漢字の知識を問う設問のため、読解の分析は行っていない。正答の漢字は、傍線部と前後の文脈、各選択肢の漢字を照合して確定した。
問2の出題意図
対人の「わからなさ」と物・世界の「わからなさ」を分け、後者の核が言語で捉えきれないことにあると読めるかを測る設問。自己理解の深化や基準の放棄など、本文にない方向づけを加えた選択肢を見分けられるかが分かれ目になる。
問3の出題意図
「交流」が変質と出会いを繰り返す往復の関係であり、作者自身の変容を含むことを読めるかを測る設問。バタイユの語をそのまま流用した選択肢と、本文の因果(自ら現れる・崩れ去る)を保った選択肢とを区別できるかが分かれ目になる。
問4の出題意図
筆者が自分の記述を私的なものと限定したうえで、直後に一般化へ転じる論の運びを理解しているかを測る設問。私的性の確認で止まる選択肢と、私的な体験から普遍的な論点への転換を捉えた選択肢とを区別できるかが分かれ目になる。
教員用
問5の留意点
選択肢①は傍線部の「他者の外側に」だけを見ると選びやすい。直前の「世界はその本〜を露わにする」まで本文を戻って確認させる。
問6の留意点
選択肢④は本文と語彙が重なるため選ばれやすい。「完成させる」が第11段落末の「完成」の留保と食い違う点、「目指している」が「微かに期待しながら」より踏み込みすぎている点の二点で判断させる。