蜂飼耳『繭の遊戯』
2025年度 大学入学共通テスト 本試験 第2問
いつ「わたし」五つ、六つの頃…大人になって振り返る
どこおじさんが自分で建てた小屋(繭)・母屋・庭
だれわたし…語り手。当時五つ、六つ
おじさん…母の弟。働かず小屋で物作り
母…おじさんの姉。もっとも口うるさい
祖母…おじさんの母
鳴らした音がメロディーにならず不安…すぐ「返す」
 ⇨大量のオカリナに「すごい」…作れても怒られる不安
 ⇨冒頭と同じ音を手放さず吹き続ける(未決着)
葛藤
母に似たもの 「いいと思わないものを、いいとはいえない」
 ⇔取り返しのつかないことをした 崩れた顔を見て悔やむ
作者の描こうとした主題
役に立つかで測れない営みを、わたしも引き受け始める
問1
傍線部A 音を探すふり〜うに爪弾く。
おじさんの様子はどのようなものか
本文参照箇所
第2段落、曲が途中で止まる場面
第3段落冒頭、二人とも分かっている暗黙の了解
考え方
直前…続きがわからないのは二人とも承知の上
⇨だから「探す」のは本当の探索ではない
→弾けないことを取り繕うための演技
∴続きを思い出そうとして見せている
正答の軸
「ふり」=続きを思い出す様子に見せる取り繕い
各肢の判定
①○
②×「大切な曲であることを「わたし」に伝えるために」そのような目的は本文にない
③×「追憶にひたっているかのように見せている」見せているのは音を探す様子で、思い出に浸る演技ではない
④×「あらためて丁寧に曲を弾こうとし」「探すふり」とずれる
問2
傍線部B そのとき、わ〜ものだった。
このときの「わたし」に起こった心の動きは
本文参照箇所
直前、鶴の出来に不足があると気づく場面
おじさんが評価を繰り返し求める場面
傍線部の直後、正直な評価を言えないと迷う場面
考え方
鶴は「なにか足りない」とわたしは見ている
おじさんは「悪くないよね」と繰り返す
⇨出来が足りないのによい評価をほしがる
「母に似たもの」…率直に言い切る厳しい目
∴現実を伝えようと率直に伝える気持ちが生じた
正答の軸
よい評価を求める相手に 出来の不足という現実を率直に伝えようとした
各肢の判定
①×「不足している点がないかを気にしている」おじさんは「悪くないでしょ」と評価を求めており、不足を気にしてはいない
②×「相手を傷つけてでも」直後の「取り返しのつかないことをした」と両立しない
③×「自信がない様子であるおじさんにいらだちを覚え」「悪くないでしょ」と繰り返す様子と合わず、苛立ちも本文にない
④○
問3
本文22〜27行目・51〜56行目
その違いの説明は
本文参照箇所
22〜27行目、母が叱り始める場面
51〜56行目、祖母の本音と建前の場面
51〜56行目、母が我流を批判する場面
考え方
母…「親のスネかじって」「仕事にならない」
→稼げない営みに価値を認めない
祖母…「器用なら活かせば」と惜しむ
→素質が仕事につながらないのを惜しむ
cf母の前の「どうしようもない」は本音でない
正答の軸
母は収入重視、祖母は素質の無駄を惜しむ
各肢の判定
①×「いつかは実力を見せるだろうと期待している」祖母の言葉は惜しみであり将来への期待は書かれていない
②×「それほど大きな負担ではないからかまわないと認めている」母も祖母もそのようには言っていない
③○
④×「母は祖母がもっと厳しく叱るべきだと主張」51〜56行目では母自身が我流を批判しており姿勢の核は別
問4
波線部Ⅰ がっかり、と〜ざっていた。
波線部Ⅱ すごい、と思いながら、がっかりした。
どのような違いがあるか
本文参照箇所
波線部Ⅰ直前、曲が止まる場面
波線部Ⅱ直後、作れても叱られる場面
考え方
Ⅰ…曲が途中でぷつんと止まる
→できないことへの同情(かわいそうだ)
Ⅱ…「すごい」と思うのが先にある
⇨それでも自活せず叱られつづける
→できるのに認められないことへの残念
正答の軸
Ⅰ=やり通せないことへの同情 Ⅱ=できるのに認められないことへの残念
各肢の判定
①×「優れた作品を生み出して人を感動させられないために家族から怒られてばかりいる」叱責の理由は仕事をして稼がないことで作品の出来ではない
②×「何かに絞ってそれを完成させようとはしない」本文にない付加。熱意と器用さは本文が認めている
③×「それを母や祖母に理解させようとしない」本文にない付加
④○
問5
本文の表現に関する説明は適当でないもの
考え方
比喩は一つずつ主体と状態を確かめる
「繭」…自分で建てた小屋で動きまわる
→自分から籠る、作るための場
cf「虎」は「意に反して閉じこめられた」と明記
∴「いずれも不本意」で括る肢が傷
正答の軸
比喩の主体(自発か強制か)の違いに注意
各肢の判定
①×「いずれもおじさんが不本意な状況におかれていることを比喩で表している」「繭」は能動的な場であり「虎」の受動性と違う
②○
③○
④○
問6
傍線部C 触角の取れた〜つつまれた。
このときの「わたし」の心情は
本文参照箇所
直前、おじさんの熱意と行き先不明の記述
直後、なにも作れない自分への問いの場面
考え方
「触角の取れた虫」「方向感覚を破壊された鳥」
→行き先がわからないまま続ける姿
直後…「自分も晴れない霧につつまれた」
⇨問いがおじさんから自分の生き方へ移る
∴ひとごとでなく受け止めてとまどっている
正答の軸
おじさんへの問いが自分の生き方にも重なりとまどう
各肢の判定
①○
②×「おじさんのためにできることはないか悩んでいる」直後の問いは自分自身についてのもので援助の方法を考えてはいない
③×「それに振り回され続けることになる自分たちのことも不安に思っている」家族として振り回される不安は本文にない
④×「本当にやりたいことが見つからずにもがく」おじさんは熱意をもって作り続けている
問7
傍線部D 曲にはならな〜もしれない。
結末部分でどのような心境になったか
本文参照箇所
冒頭、ギターの音に不安を覚えすぐ返す場面
考え方
冒頭…ギターの音は「メロディーにならない」
→不安になり「もう、いいの」とすぐ返す
結末…「ただ、ばらばらの音」
⇨同じ音なのに今度は吹き続けている
「拾い集めるべきかどうか、わからない」
∴心もとなさのまま価値観が揺らぎ始める
正答の軸
冒頭は手放す不安、結末は手放さず価値観が揺らぐ
各肢の判定
①×「自分を保護してくれる存在がいることの安心感を恐る恐るではあるものの手放そうとしつつある」保護者からの自立という内容は本文にない
②×「小屋のなかで充足感を得ていた」冒頭は「不安だった」と明記されている
③×「ついにオカリナを作り上げたおじさんの熱心さ」おじさんは以前から作り続けており「ついに」ではない
④○
教員用
骨の選定記録
骨=「哀れむ側から、ばらばらの音を出す側へ」。問4・問6・問7がこの移り変わりを弁別点にしているため中心に据えた。社会的価値基準との対立(母・祖母・親戚)は問3を説明するが結末を説明できないため背景へ従属。二つの「がっかり」の深化は骨の中間段階として本文枚と問4に残した。
背景知識
結末の「身体の表面が分厚く剝がれ落ちる」は、自己がまだ形をとっていないこと(脱皮の途中)を身体で示す。題名の「繭」と対応する。母・祖母の言葉の背後には、素人の我流と、習って身につけた技術・仕事という評価基準の差がある。祖母は器用さそのものは認めており、母は仕事にならない点を否定する。
口頭補足
「アルハンブラの思い出」はギターの名曲で人の名前ではない。「わたし」は女の人の名前だと思い込み、恥ずかしさで聞けないままにしている——わからないものを聞けない幼さが、おじさんの「ふり」と釣り合う。「いまでいうところのフリーター」「親のスネかじって」という言い方が当時の親戚一同の見方を写している。インドの匂い・シードル・暴れる蛾は、小屋が外とは別の世界であることを支える雰囲気描写で、設問の根拠には使わない。
転用可能な気づき
同じ系列の比喩(鳥・虫・繭・殻)が、前半では他者に、後半で語り手自身に向けられるとき、その宛先の移動を追うと一人称回想小説の自己認識の変化を取り出せる。本文固有の主題とは別の観点として扱う。
問3の根拠範囲について
問3の母の言葉は、指定範囲外(おじさんが厄介者にされている段落)の「ちゃんと仕事しなさい」が有名だが、解答の根拠は指定範囲内の「いつまでも親のスネかじって」「仕事になんかならない」に置く。範囲外は補強として口頭で触れる。行番号の対応は問5が付した注記(19/22〜23/26〜27/28/48〜49/73〜74行目)から特定した。
生徒がしやすい浅い読みと介入
①同情譚で止める→波線Ⅱ・傍線Cの「自分も」を線で結ばせる。②二つの「がっかり」を同一視→対象を書き分けさせる。③傍線Bを意地悪で済ます→「満足と孤独」を読ませる。④「繭」「鳥」「虎」を同質の比喩と括る→「自分で建てた」「意に反して」を指差させる。⑤問3を一箇所で済ます→二箇所から抜き出させ「母がいないとき……決してそうはいわない」に注意させる。
各設問の作問者解釈・弁別点の補足
各設問の作問者採用解釈と弁別点は設問枚側の記録のとおり。問5のみ比喩解釈に幅が出やすいが、「意に反して閉じこめられた虎のように」という本文語が『虎』を不本意と明示し、「自分で建てた小屋という繭に籠り……くるくると動きまわっている」が『繭』の能動性を示すため、①を適当でないものとして本文語で確定できる。