野呂邦暢「鳥たちの河口」
2024年度 大学入学共通テスト 追試験 第2問
現在十二月、退職後百日の休暇の最終日(期限は十二月十九日)
どこ湾岸の河口の干潟と砂丘(元ノリ養殖場の板小屋)
だれ男(放送局のカメラマンを辞め、鳥を観察・保護)
回想十一月一日、社長と出会った日
どこ同じ河口の干潟・砂丘
だれ男と社長(印刷会社の経営者、面識は数回)
鼻白み距離を置く⇨写真集と知り関心⇨熱弁と身ぶりに引き込まれる
 ⇨社長に会えず⇨不渡りの噂⇨あの日を回想
 ⇨「芝居気たっぷり」と苦く捉え直す⇨脱落を認めつつ、まだ飛べる
芝居がかった熱弁も自分の挫折も、流されず捉え直し、なお飛べると確かめ発つ
問1
傍線部A 男は鼻白んだ。
その理由は
本文参照箇所
第8段落、社長発言:退職理由を誤解し称賛した部分
第9段落、傍線A直後:退職理由は鳥のためでないと否定
第7段落:面識は浅く、二人だけで話すのは初めてと説明
考え方
鼻白む…興ざめして白ける
直前…退職の理由を「鳥のため」と決めつけて称賛
⇨直後の地の文「会社をやめたのは鳥のためではなかった」
→面識の浅い相手に、生き方を解ったように語られた
正答の軸
面識浅い相手が、誤った理由で生き方を理解したように語った点
各肢の判定
①×「なれなれしい態度で話しかけてきたから」不快の原因を話し方に置く。鼻白みは発言内容の的外れさによる。
②×「邪魔をするように話し出したから」本文は見物に夢中で気づかなかったと述べるのみで、邪魔された不快は書かれない。
③×「職場の裏事情を知っているかのように」社長は退職の事情を知らず「どんな事情にしろ」と述べている。本文にない。
④○
⑤×「押しかけて自分の生活を詮索しようとしたから」局で尋ねた事実はあるが、「詮索」は本文より強く、鼻白みの直接原因ではない。
問2
傍線部B 説明してもらいたい、と男はいった。
男の反応は
本文参照箇所
社長の提案発言と男の社交的な相槌の場面
社長の訂正発言:男自身の写真集だと判明
考え方
如才なく…失礼にならない程度の社交
→自分の話とは思っていない
⇨「あんたの写真集」で前提が覆る
⇨「説明してもらいたい」=内容を詳しく聞く
正答の軸
社交的な相槌から、自分の写真集と知り具体的関心を示す転換
各肢の判定
①×「どの程度本気なのか疑いを持っていた」本気度への疑いは本文にない。
②○
③×「写真集を出す長年の願望」長年の願望という記述は本文にない。
④×「企画に興味はなかった」如才ない相槌は無関心の明示ではなく、言い過ぎ。
⑤×「刊行される保証を得たと判断し」この時点で刊行の保証は得ていない。順序が先取りされている。
問3
傍線部C 砂丘の上を歩〜りつづけた。
ここでの社長の行動を説明したもの
本文参照箇所
社長の発話:鳥が季節外れに現れる異変を指摘
直前発話続き:異変に誰も気づかないと訴える
傍線C直前の地の文:社長の昂奮を明示
考え方
直前の発話…鳥の異変+誰も気づかない
⇨地の文「社長は昂奮した」
→歩きまわってしゃべり続ける=昂奮が身体に出た
cf写真集の提案は既に出ている(提案前の興奮ではない)
正答の軸
原因は異変が気づかれないこと、様子は冷静でない昂奮
各肢の判定
①×「渡り鳥の増加についての認識」本文の異変は時季のずれであり、数の増加ではない。
②○
③×「生態系を保護する決意をした」社長の提案は記録を写真集に残すことで、保護の決意は本文にない。
④×「賛同してもらう機会を得たことに」昂奮の原因のすり替え。直前の発話は鳥の異変についてである。
⑤×「焦り、困惑した思い」感情は「昂奮」であり、「焦り、困惑」とは質が異なる。
問4
傍線部D なんという芝〜く回想した。
男の受け止め方はどのように変化したか
本文参照箇所
社長が身ぶりをして語る場面:鳥のような動き
男の内心:社長が鳥に化身したかと疑う一文
現在の場面:男が同じ身ぶりを一人で反復
考え方
前…鳥のような身ぶりまでして語る思い入れに引き込まれた
cf男自身が同じ身ぶりを一人で繰り返す
⇨後…「芝居気たっぷり」=空疎でわざとらしい
→にがにがしさの向き先は、同調した自分
正答の軸
熱意への引き込まれから、空疎な演技への捉え直しへ転換
各肢の判定
①×「自分の価値観を見せつけているだけ」捉え直しの内容がずれる。本文は価値観の誇示ではなくわざとらしさを指す。
②×「社長の言動に振り回されたこと」不快の向き先が被害へ移る。本文は同調してしまった自分に向く。
③×「思ってもいない出まかせ」意図的な嘘と断定する。本文は自己陶酔的な表情・叫びを描く。
④×「会社の厳しい状況を隠す演技」本文にない因果の付加。不渡りを知るのは後のことで噂として語られる。
⑤○
問5
傍線部E 自分は群から〜とはできる。
このときの男の心情は
本文参照箇所
きょうが終りだの直後:休暇を有効と総括する一文
写真集頓挫を受けた一文:期待していなかったと明言
保護鳥の回復を描く一文:傷が癒え活発になる
考え方
群から脱落した鳥…仕事を辞め一人通う自分=挫折の自認
しかし…逆接。前半を消さない ⇨まだ飛べる=活力の確認
cf保護した鳥の回復と並ぶ(注9…墜落した鳥は別の個体)
正答の軸
挫折の自認を保ちつつ、傷ついた鳥に重ねて活力を確認
各肢の判定
①×「とどまることを知らない渡り鳥のように」本文の比喩は休息を経て飛び立つ鳥であり、休まない鳥ではない。
②×「休暇を取ることに後ろめたさ」「百日の休暇を自分は有効にすごしたのだ」と矛盾する。
③○
④×「評価される機会を奪われたことに喪失感」「初めからそれほど期待はしていなかった」と合わない。
⑤×「一人で生きる道を求めなければならない」孤独を選ぶ決意は本文にない。
問6(ⅰ)
本文の時間の流れの説明は
考え方
冒頭…焚火を続ける「きょう」=現在
⇨ノートの「1st Nov.」が回想の入口
⇨十一月一日、社長との対話
→「男はあの日」で現在へ戻る
正答の軸
現在から回想、回想から現在復帰という三段構成
各肢の判定
①×「十一月一日の場面について叙述され」冒頭は現在の焚火の場面であり、十一月一日の場面ではない。
②×「養殖場が河口の北に移る以前の日々に時間が戻り」養殖場の記述は場所の経緯説明であり、場面の時間移動ではない。
③×「63行目「男はあの日」で十一月一日に戻る」向きが逆。63行目は回想から現在へ戻る地点である。
④○
問6(ⅱ)
どのように描かれているか
考え方
他人…社長のせりふを「芝居気たっぷり」と捉え直す
自分…「脱落した鳥…しかしまだ飛べる」と捉え直す
⇨回想を通して双方を見直している
→感傷にも断定にも寄らない冷静な捉え直し
正答の軸
回想を通し、他人と自分の双方を冷静に捉え直す
各肢の判定
①×「人間の本質を受け入れていった」抽象化が過ぎる。本文の批判的な距離感と合わない。
②×「周囲の状況に埋もれていった」「まだ飛ぶことはできる」という自律的な結びと矛盾する。
③×「生き方を悔い」悔いも断絶も本文にない。百日の休暇は有効だったと総括される。
④×「自然と人間の関係を再認識した」社長の発言内容の要約に近く、男自身の到達点の説明になっていない。
⑤○
問7(ⅰ)
空欄に入るもの
考え方
括弧内…地の文に挟まれた男の心内語
字義…潮流が変わること/鳥が翼を休めること
⇨重なる先…退職や企画の頓挫/百日の休暇
cf「潮流」は社長の破綻にも使われる
→説明すると同時に、男と男の状況を象徴する
正答の軸
字義の説明と、男自身・状況の象徴という二重の機能
各肢の判定
①×「男の人生のうつろいやすさを象徴」「うつろいやすさ」は淡々とした認識とずれ、鳥の変化の説明も括弧内にない。
②×「男と社長の人生を説明」括弧内は人生の説明ではなく、社長への理解の変化も括弧内の内容ではない。
③×「男と社長の生活を説明」括弧内の二文からは読み取れない内容。
④○
問7(ⅱ)
二つの文章の特徴を述べた文は
考え方
Q…括弧の具体例を挙げ、表現から心情を読む
R…社長の会話を引用し、鳥をめぐる状況=社会の問題を示す
⇨着眼は違うが、どちらも本文の具体を引いている
→ともに根拠を明確にした読み方
正答の軸
具体例から心情を読むQと、会話から社会を示すR、共に根拠明確
各肢の判定
①×「Rさんの文章は」「人間の内面を捉えている」心情を重視しているのはQさんの側。向きが逆転している。
②×「虚構世界と現実世界との対比」Rさんは対比の枠組みを示していない。
③○
④×「Qさんとは対照的な読み方である」どちらも二人の文章の実際の記述より踏み込みすぎで、対照的も不正確。
教員用
背景知識
一九七三年発表。高度成長末期の干拓・工業化(石油コンビナート)が背景にある。注5の通り、羊角湾は本作発表期から一九九七年まで干拓事業が行われた。社長の「五年以内に埋めたてられて…」「羊角湾を埋めたてて淡水湖にしちまったら…」はこの文脈に属する。
口頭補足
「芝居気たっぷり」は男の回想時点の評価であり、社長の性格の客観的説明ではない。不渡りも「噂によれば」で、社長が最初から欺いたとは本文は述べない。社長を経済的潮流に飲まれた善意の人物として読む余地があることは押さえてよいが、問4の作問者採用解釈は「空疎でわざとらしい言動だったと捉え直す」である。
注意
本文は鳥を放す場面を描かずに終わる(「放すつもりだったのだ」「離してやろうと男は考えた」)。『放鳥して出発した』と要約しないこと。また注9により、自己像の比喩の出どころ(水辺に墜落した鳥)と、放す相手(カスピアン・ターン)は別個体である。
転用可能な気づき
ある人物の身ぶり・比喩を、別の人物が後から無言で反復させることで、二人の認識の違いを地の文の説明なしに示す手法(社長が両腕をひろげる→男が一人で同じ身ぶりをする)。反復箇所を持つ他の小説教材でも使える観点として提示できる。
骨の選定記録
骨はLB-1(捉え直しの過程)。LB-2(饒舌な熱心さと寡黙な内省の対比から「誠実らしさ」と「誠実」を分ける)は本文固有の中心ではなく一般的な読解技能のため、問1〜問4の考え方へ統合して副次技能に降ろした。環境・開発の層は本文枚の中心軸にはせず、問3・問7(ⅱ)と教師用に置いた。