牧田真有子「桟橋」
2024年度 大学入学共通テスト 本試験 第2問
設定
現在イチナ十六歳。おばが居候して間もない頃
どこイチナの家(部屋・階段・階下の台所)
だれイチナ…十六歳の高校生。視点人物
おば…八歳年上。劇団の役者。転々として居候中
母…おばを住まわせ世話をする
友人…幼馴染。去年おばを泊めていた
回想イチナの幼稚園・小学校時代(おばは中学生)
どこ祖父母の家/杉に囲まれた児童公園の砂場
だれおば…中学生。ままごとで一人何役も演じる
イチナ…おばを待つ幼い子ども
祖父…学者。言葉の正式な使用に厳格
幼馴染の子どもたち七、八人
心情の変化
幼い頃から「世界は崩れなかった」=疑わない特別な人
 ⇨友人「私の家にも住んでた」+「不透明感なさすぎて」
 ⇨狼狽しつつ輪郭のなさを認める ∴「私はごまかされたくない」
葛藤
幼い頃からの親しみ=反射的にかばう気持ち
 ⇔輪郭の見えなさへの不安=「氷山の一角」への警戒
作者の描こうとした主題
人には普通、内面の輪郭が露わになる瞬間があるのに、おばにはその境目が見えない。住まわせた者は皆その果てのなさに追いつけず、暮らしの記憶さえ薄れていく。その捉えどころのなさに気づいた十六歳のイチナが、慣れた親しみに流されず、他者をごまかされずに見極めようとする姿を描く。
問1
(ア)うらぶれた
①度量が小さく偏屈な
②だらしなく大雑把な
③不満げで投げやりな
④○みすぼらしく惨めな
⑤優柔不断で不誠実な
(イ)もっともらしい
①悪びれず開き直るような
②まるで他人事だと突き放すような
③へりくだり理解を求めるような
④○いかにも正しいことを言うような
⑤問い詰めてやりこめるような
(ウ)やにわに
①多弁に
②○即座に
③強硬に
④半端に
⑤柔軟に
問2
傍線部A おばがいる限り世界は崩れなかった
どういうことか
本文参照箇所
凝った設定のままごとを描く段落(4行目)
おばの簡単な説明と子どもの的外れなせりふに触れる箇所(5行目)
考え方
「〜が、崩れなかった」=譲歩
⇨設定が凝っている+説明が簡単+子どもは的外れなせりふ
⇨崩れる要因があるのに保たれた、その支えは何か
⇨おばは一人で何役もこなす=おばの演技が場をつくる
正答の軸
崩れる要因(凝った設定・簡単な説明・子どもの的外れなせりふ)があるにもかかわらず、一人で何役もこなすおばの演技が生む雰囲気によって、その場が保たれていたこと。
各肢の判定
①○
②×「本格的な内容になり」本文のままごとは初めから凝っており、次第に本格化した経緯は書かれていない。「完成度に達していた」傍線部は「崩れなかった」=維持であり、完成度という到達点への言及はない。
③×「おばが相応の意味づけをした」子どもの的外れなせりふにおばが意味づけをしたという記述は本文にない。
④×「奇抜なふるまいを子どもたちに求める」子どもへの要求は本文に書かれていない。「安心して物語の設定を受け入れる」本文は「たしかに危険な匂いがした」とし、安心とは逆方向である。
⑤×「状況にあわせて話の筋をつくりかえる」おばが子どもに合わせて筋を変えたという記述は本文にない。
問3
傍線部B もう気安い声を出した
友人がこのような対応をしたのはなぜか
本文参照箇所
「電話口の向こうに、すばやい沈黙があった」
友人が言うか迷いながら、生活費を入れていたことを添えて打ち明ける部分
告白の後に友人の声の調子が変わる部分(傍線部B)
考え方
答えの型:○○を伏せていたが、告白して○○から解放されたから
告白前…沈黙・ちぐはぐ・「言っていいのかな」
⇨告白中の弁明「生活費」「飽きてた」=迷惑がっていないと示す
⇨「言ってしまうと」=隠していた状態の解消
∴後ろめたさから解放され、気楽に話せるようになった
正答の軸
伏せていた事実を、おばを煩わしく思っているとイチナに受け取られないよう弁明を添えて告げ、隠していた後ろめたさから解放されて気楽に話せるようになったから。
各肢の判定
①×「おばに口止めされていた友人」口止めの記述は本文にない。「うれしくなったから」傍線部は「気安い声」であって喜びを示す記述ではない。
②×「罪悪感に耐えきれず」本文は「これ言っていいのかな」という判断の迷いであり、耐えきれない衝動としては書かれていない。「雰囲気をつくろうとしたから」「もう気安い声を出した」は作為的に取りつくろう動きではなく、告白の結果として生じた変化である。
③×「二人の仲を気にし始めたイチナ」イチナが二人の仲を気にしたという記述はない。「現在は付き合いがないことを示して」現在の付き合いの有無について友人は語っていない。
④○
問3
各肢の判定(つづき)
各肢の判定
⑤×「うっかり話してしまうことを懸念して」そのような懸念は本文に記述がない。「イチナをなだめようとしたから」関係破綻を防ぐためになだめる意図は本文にない。
問4
本文33〜47行目
その描写についての説明は
本文参照箇所
友人の告白を受けて手が止まる場面(33行目付近)
動揺を抱えたまま手を再び動かす場面
手を止められないままでいる場面(47行目付近)
考え方
三度の手の動きを、直前の発言内容と対応させる
①とまる ← 友人宅にも居候していたという事実
②狼狽を引きずったまま再開 ← 動揺の継続
③とめられない ← 「自然の側」という未知の一面への揺さぶり
∴二つの契機を両方含む肢を選ぶ
正答の軸
友人宅への居候という事実への驚きと、友人が語る自分の知らないおばの一面に揺さぶられる心のありようが、手の動きの変化として表れている。
各肢の判定
①×「自分とおばの関係に他人が割り込んでくることの衝撃」関係を占有したいという意識は本文にない。また本文は「上手くとめられなかった」と結ばれ、押さえようとする意識とはずれる。
②○
③×「厚かましく迷惑なものと捉えていた見方を覆された」イチナが居候を迷惑だと言うのはこの後のおばとの会話であり、この場面で見方が覆されたとは書かれていない。
④×「物寂しい思い」物寂しさは本文に書かれていない。「無自覚な動作」本文は動揺による動きの変化を描き、単なる無自覚な手遊びとしては説明していない。
⑤×「おばに対して同じ思いを抱いていたことにあらためて気づいた」イチナが自分も思い出せないと気づいたという記述はない。また三度の反復のうち最後だけを説明する形になっている。
問5
傍線部C 私はごまかされたくない、とイチナは思う。
このときのイチナの思いは
本文参照箇所
おばの捉えがたさに同居者たちが追いつけない理由を説明する段落
考え方
「ごまかされる」の主体は誰か
∵直前「おば自身の工夫による成果ではない」=意図的な操作を否定
⇨捉えられなくなるのは、おばの果てのなさに追いつけないから
∴自分は追いつけなくなる側に回らず、見誤らずに捉えたい
正答の軸
おばの捉えがたさは意図的なものではないが、同居した者は皆その果てのなさに追いつけず、おばという人のあり方を捉えられないままになる。自分だけはそうならず、見誤らずに捉えたいという思い。
各肢の判定
①×「自分だけは迷惑なものとして追及し続けたい」直前の文脈は「はっきり思い出せない」ことへの対抗であって、居候を迷惑として追及する話ではない。
②○
③×「明確な記憶を残させないようおばがふるまっている」本文は「おば自身の工夫による成果ではない」と、おばの意図を明示的に否定している。
④×「どこまでが演技か見抜くことができなかった」本文はおばについて演技と本心という二分を立てていない。「本心を解き明かして理解したい」内面が見えてこない原因を演技とする記述はない。
⑤×「何を質問してもおばがはぐらかす」おばがはぐらかしたという記述はなく、この後に居候の理由も答えている。「理由は隠し通されてきた」同上の理由で本文と一致しない。
問6
本文の表現に関する説明は適当でないもの
本文参照箇所
夕暮れの公園の情景描写(18〜19行目)
考え方
各肢を「技法(何が使われているか)」と「効果(何を表すか)」に分ける
⇨技法は本文で確認できることが多く、誤りは効果側に置かれやすい
②:技法…比喩は正しい。効果…「子どもたちの意識の変化」は文脈にあるか
∵前後は夕暮れ・通行人・おばの描写で、子どもの意識には触れていない
∴②が適当でない
正答の軸
特徴(技法の存在)と効果(それが何を表すか)を分けて照合し、効果の説明が本文の文脈で支持されない肢を選ぶ。
各肢の判定
①○
②×「子どもたちの意識が徐々に変化していく様子」当該一文の前後は夕暮れの時間経過と、それでも続けるおばの姿を描く情景描写であり、子どもたちの意識の変化を表すとは読めない。
③○
④○
⑤○
問7(ⅰ)
空欄X・Y
空欄補充
考え方
Xの条件:おばについてのイチナの見方であること
⇨③のXは「普通、人には」の一般論でおばの話ではない
①は幼い頃の印象、②は性格評で、いずれも枠の話ではない
∴X=「どこからどこ〜くわからない」
Yの条件:「おばには見られない」と言える様子であること
∵「日常、己れの枠をもたずに生活し」は資料では万人共通の状態
∴Y=「〈私〉を枠づけ」ようとする様子
正答の軸
Xはイチナがおばについて抱いた見方でなければならず、Yは「おばには見られない」と言える以上、万人に共通する状態ではなく、枠づけようとする動きでなければならない。
各肢の判定
①×「ままごと遊び〜合ってくれる」幼い頃の印象であり、「枠」の有無についてのイチナの見方ではない。
②×「けっこうずぼらだしそそっかしい」友人への反論として述べた性格評であり、枠の話ではない。「日常、己れの枠をもたずに生活し」資料では万人に共通する状態であり、「おばには見られない」とは言えない。
③×「内面の輪郭が露わになる瞬間がある」「普通、人には」と一般の人について述べた文で、おばについてのイチナの見方ではない。「日常、己れの枠をもたずに生活し」②と同じ理由で不可。
④○
問7(ⅱ)
空欄Z
空欄補充
考え方
Zは「日常生活で」の話。直後に「役者としても……自分であることから離れている」と続く
⇨日常と演技が同じ向き(自分から離れる)でつながる内容が入る
教師の結び:イチナの捉え方は資料と「隔たりがありそう」
∴資料の「なりたい自分を実現する」方向に寄せた肢は入らない
正答の軸
Zは、日常生活でも一つの枠にとらわれないふるまい、という方向でなければ、直後の「自分であることから離れている」と接続せず、また教師の言う資料との「隔たり」も成立しない。
各肢の判定
①×「「枠」を隠し」イチナは「おば自身の工夫による成果ではない」と、意図的な隠蔽を否定して考えている。「人に見せないよう意識している」同上の理由で本文の理解と一致しない。
②×「その欲求を実現している」資料の欲求をおばが持ち実現していることになり、教師の言う「隔たり」が成立しなくなる。
③○
④×「多様な「己れの枠」を所有できている」資料の結論そのものに寄せた「枠を所有する」方向になり、イチナの捉え方とも教師の言う「隔たり」とも合わない。
教員用
背景知識
【資料】の太田省吾は、演技を「自分でないなに者かになりたい」欲求ではなく「なに者かでありたい、つまり自分になりたい」欲求として説明している。イチナの理解(役柄に自分をあけ払う、つまり自分を明け渡す)はこれと逆向きであり、問7末尾の教師の発言はこのずれを指している。
地の文と登場人物の見方の層分け
地の文の判断(おばの捉えがたさは工夫の成果ではない)と、登場人物の見方(友人の「ぼろ出さない」という評、生徒Nの「意思的なふるまい」という見方)は別の層として扱う。おばのあり方を一律に「意図的でない」とも「意志的」とも決めつけない。
口頭補足
「三行半」「後添え」「男やもめ」は中学生のおばが演じる役の言葉で、子どもには耳慣れないという記述自体がままごとの非日常性を示す。祖父が続柄の呼び方の言い換えを許さなかった話は、言葉で人を正しい枠に収めようとする人物像として、おばと引き比べて触れるとよい。末尾の「空をよぎる鳥と路上を伝う鳥影」や、電話の場面の「母の声の影のようだった」という表現は、実体と影という比喩の反復として問6の解説後に示すとよい。
転用可能な気づき
小説本文に評論の資料を接続する設問では、同じ語が出てくることを根拠に短絡せず、①資料の一般論の論理の向き、②登場人物が具体的経験から立てた理解の向き、を別々に確定してから突き合わせる。
骨の選定記録
授業の骨として、他者を枠に収めて理解しようとする営みと、その枠をすり抜ける人、そして理解そのものが相対化されることを採用した。問7の対話が本文と資料を「枠」という語で接続し、教師の最終発言でずれを明示するため、設問の中心と本文の中心が一致する。複数の視点からおば像が立体化していく運びは、この骨を実現する内部の展開として位置づけた。
友人による人物評(本文の従属的記述)
幼馴染の友人は、おばを「いっそ自然の側みたいに思える」「朝顔の観察日記みたいに記録をつけられそう」と評している。この評はおばの捉えがたさを別の角度から補強する記述であり、対比表の右列(おば)の内容と合わせて押さえておく。
設問の位置づけ
この設問は漢字・語句のみを問うため、本文全体の読解分析とは別に、語句の文脈上の意味から直接判定を確定した。誤答の各語は性格・態度の説明に寄っており、外見・境遇・速さという客観的な様子を表す語義とのずれで消去できる。
弁別点
作問者は、傍線部直前の「〜連発するが」の譲歩を正しく処理できるかを測っている。演技の巧拙や完成度の話に流れると②③⑤の誤りに落ちる。「危険な匂いがした」は次段落の記述で、④の「安心して」を切る根拠として口頭で示すとよい。
弁別点
作問者は、沈黙から告白、気安さへという推移を因果として読めるかを測っている。②と④の違いは、取りつくろう作為か、解放された結果かという点にある。
弁別点
作問者は、身体動作という間接的な心情表現を、複数箇所を統合して解釈できるかを測っている。一つの感情に圧縮せず、二つの契機(事実への驚きと人物像への揺さぶり)を両方含む選択肢を選べるかが分かれ目。
教員用
弁別点
作問者は、直前の説明的な文脈を根拠に心情の内実を再構成できるかを測っている。「おば自身の工夫による成果ではない」という否定を、意図的な欺瞞を前提とする選択肢の消去に使えるかがポイント。
弁別点
作問者は、技法の有無ではなく、その技法が本文の中で何を表しているかの照合を測っている。比喩があるからといって心理描写と短絡しないよう注意する。
資料の論理の向き
太田省吾の資料は、演技を「自分でないなに者かになりたい」欲求ではなく「なに者かでありたい、自分になりたい」欲求の現れとして説明している。
弁別点
作問者は、本文の具体的な記述と資料の一般論を、論理の向きを保ったまま対応づけられるかを測っている。「枠を持たない」(万人に共通の状態)と「枠づけようとする」(欲求の現れとしての動き)の向きの違いに注意。
弁別点
作問者は、対話文の結び(資料とイチナの理解には隔たりがありそう)を制約として使い、空欄に入れてはならない内容(資料の結論に寄せた記述)を逆算できるかを測っている。