渡辺裕『サウンドとメディアの文化資源学――境界線上の音楽』
2024年度 大学入学共通テスト 本試験 第1問
問題提起Q
あの《レクイエム》は典礼なのか、音楽なのか。そもそも「音楽」「芸術」という枠組みは、どこまで自明なのか。
『音楽』『芸術』をめぐる、決めようとする見方と、決められないとする筆者の見方の違い
音楽か典礼かを択一する見方(通念)
筆者の見方
典礼と音楽の関係をどう捉えるか
音楽か典礼か、どちらか一方に決める
決められない。典礼ごと全体が「作品化」され鑑賞される
コンテクストとまなざしの向き
歪みを取り去り、本来のコンテクストへ戻す
館の中で育ったまなざしが外へあふれ出し、同時に現実の時空が「聖域」へ引きずり込まれる
「音楽」「芸術」という概念の身分
最初から「ある」自明の前提
最初から「ある」のではなく「なる」もの
限定筆者は「典礼こそ本来の姿」という主張を「たしかに一面の真理ではあろう」と認めたうえで、単純な二分法には収まらないとして退ける。左は「誤った立場」ではなく「単純化された枠組み」。
典礼か音楽かは決められない。近代の鑑賞のまなざしが館の外へあふれ出し、典礼も町も丸ごと作品として鑑賞されている。「音楽」「芸術」は初めから「ある」のではなく「なる」もので、自明の前提にすれば本質化されてしまう。
問1
(ア)掲載 ①啓発 ②○掲出 ③契機 ④系図
(イ)活躍 ①利益 ②倹約 ③○躍如 ④役職
(ウ)催し ①採択 ②○催眠 ③喝采 ④負債
(エ)悪弊 ①公平 ②○疲弊 ③幽閉 ④横柄
(オ)紛れ ①噴出 ②分別 ③○紛糾 ④粉飾
問2
傍線部A これが典礼な〜微妙である。
筆者がそのように述べる理由は
本文参照箇所
第5段落:合唱団まで動員し聖堂に乗り込む異例の光景
第5段落:背後の演奏に「鑑賞」的まなざしを向ける客の姿
第6段落:音楽作品への焦点化が典礼ごと全体の作品化を招く
第1段落:追悼ミサという宗教行事であるという前提
第2段落:聴き手が音楽部分だけを繋げて聴く姿
考え方
「微妙」 =一つに決められないということ
第1段落:追悼ミサという宗教行事の一部
第2段落:音楽部分だけを取り出して聴く人もいる
第6段落:典礼ごと全体が「作品化」される
→三層が同時に重なっている
⇨一方向の変化を語る肢は誤り
正答の軸
典礼の一要素である+そこから切り離して音楽として鑑賞できる+さらに典礼全体がひとつの催しとして鑑賞される——この三つが同時に成り立っている
各肢の判定
①×「典礼の全体を体験することによって楽曲本来のあり方を正しく認識できるようにもなっている」これは第3段落で紹介された一方の立場の主張であり、筆者が『微妙である』と述べる理由ではない。筆者は第4段落でこの主張を『一面の真理』としつつ二分法として退けている。
②×「儀式的な部分を取り去れば、独立した音楽として鑑賞できると認識されてもいる」第2段落の一聴き手の認識の紹介にとどまり、第6段落の『典礼ごと作品化される』層を含まない。
③×「参列者のために儀式と演奏の空間を分けたことによって、聖堂内でありながら音楽として典礼から自立することにもなった」本文にない因果の付加。第5段落はむしろ空間が分かれきっていないこと(客が祭壇向きの椅子に座ったまま後ろを向く)を強調している。
問2
各肢の判定(つづき)
各肢の判定
④×「演奏を聴くことを目的に参列する人やCDを購入する人が増えたことで」人数の増加を原因とする説明は本文にない。第6段落の因果は『音楽作品へ焦点をあてる方向性を推し進めた結果』である。
⑤○
問3
傍線部B 今「芸術」全〜つつある状況
どのような状況か
本文参照箇所
第7段落:展示をもの自体から文脈全体の提示へ広げる工夫
第8段落:外の現実の時空が館という「聖域」へ引き込まれる
第8段落:館で育った鑑賞のまなざしが町全体へ流れ出す
考え方
第7段落:展示がもの自体から文脈全体の提示へ広がる
⇨第7段落:単に元の文脈へ戻すだけでは終わらない
∴鑑賞のまなざしが垣根を越え町全体へ広がる
確認:まなざしは館の外の現実へも及ぶ
⇨館の内への取り込みだけの肢は誤り
正答の軸
館の内部で作品に向けられていたまなざしが、その周囲の事物・現実の空間にまで及び、現実そのものが鑑賞の対象に組み込まれる(第8段落は、現実の時空が「聖域」の中に引きずり込まれることと、まなざしが垣根をのりこえて町全体に流れ込むことを並べて述べる)
各肢の判定
①○
②×「美術館や博物館内部の空間よりもその周辺に関心が移り」本文は内部への関心が周辺へ『移る』とは述べていない。内部で育ったまなざしが外へも及ぶという拡大であり、重心の移動ではない。
③×「新たな鑑賞のまなざしが生まれ」本文は『こうした場で育まれてきた』既存のまなざしが垣根をのりこえると述べており、新しいまなざしの発生ではない。
問3
各肢の判定(つづき)
各肢の判定
④×「生活の中にあった事物が美術館や博物館の内部に展示物として取り込まれる」生活の中の事物を館内へ取り込むのは、第7段落の、寺から持ち出した仏像をガラスケースに収める従来の展示のあり方。今進行しつつあるのは、コンテクストごと取り込み、さらに鑑賞のまなざしが垣根をのりこえて町全体に流れ込む状況で、④はこの外への広がりを欠く。
⑤×「人々の関心を呼び込もうとする都市が出現してきた」都市の側の目的・戦略は本文にない付加。第8段落は人々のまなざしの側の拡散を述べるにとどまる。
問4
傍線部C なおさら警戒〜ないだろうか
筆者がそのように述べる理由は
本文参照箇所
第8段落:館で育った鑑賞のまなざしが今や垣根を越える
第9段落:近代のコンサートホールと共に形成されたまなざし
第9段落:概念解体に見える動きの裏で音楽化・芸術化が進む逆説
第9段落:概念形成の力学を明らかにすることの重要性
第10段落:使用を重ねるうち本質化される様子と紙幣の比喩
考え方
傍線直後「からである」の指す内容
…力学と概念が変容する過程を明らかにすること
⇨第10段落で「問題のポイント」として言い換え
音楽や芸術は「ある」のではなく「なる」もの
紙幣:使ううちにそれ自体に価値ありと錯覚
=概念:使ううちに本質化され自明の前提とされる
∴自明視すると概念自体が疑えない価値として働く
⇨前半後半の対応箇所を本文で確認する
正答の軸
「音楽」「芸術」は館の中で育った鑑賞のまなざしとともに歴史の中で「なった」概念である。それを自明の前提にすると、概念自体が本質化され、それ自体に価値が具わっているかのように機能してしまう
各肢の判定
①×「「博物館学的欲望」に基づいて更新され続けてきた概念である」『博物館学的欲望』は第7・8段落で現象を呼ぶ語であり、概念が更新される根拠として本文が挙げたものではない。「概念化を促す原動力としての人々の心性を捉え損ねてしまう」本文の言い方ではなく、傍線部の理由として本文に根拠がない。
②×「コンサートホールや美術館における演奏や展示を通して多様に評価され変容してきた概念である」第9段落は『解体、多様化〜状況と裏腹に』と述べ、多様化を見かけとして退けている。前半で本文と逆の把握になっている。
問4
各肢の判定(つづき)
各肢の判定
③×「「聖域」が外部へと領域を広げていったことで発展してきた概念である」概念が『発展してきた』とは本文にない。「状況を説明できなくなるから」説明できなくなることが警戒の理由だとは述べられていない。
④×「コンサートホールや美術館の中で生まれた価値観やイデオロギーを媒介として形作られてきた概念である」本文は『特定の歴史的・文化的コンテクストの中で』と述べ、価値観の生まれた場所を館の中に限定していない。「それらの周辺にはたらいている力学の変容過程を明確にすることができなくなる」本文で変容するのは『概念』であり、『力学の変容過程』ではない。変容する主体をすり替えている。
⑤○
問5
この文章の構成・展開に関する説明は適当でないもの
本文参照箇所
第7段落冒頭:前段の議論と芸術全般の状況の対応を明示
考え方
各段落の役割を一言で言い直す
第1段落:導入
第2・3段落:二つの立場の紹介
第4段落:問題提起
第5・6段落:具体の追加と方向づけ
第7段落:同じ問題をより一般的な事例で検討
第8段落:見方の言い換えと深化
第9段落:指摘
第10段落:言い換えと危惧
⇨『転換』と『一般化』を区別する
正答の軸
第7段落は『別の問題への転換』ではなく、第6段落までと同じ問題を、より一般的な事例で検討し直す段落である
各肢の判定
①○
②○
③×「新たに別の問題への転換を図っており」第7段落冒頭は『このことは、〜対応している』と、前段までの議論との対応を明示している。したがって別の問題への転換ではなく、同じ問題をより一般的な事例で検討し直す段落である。
④○
問6(ⅰ)
今までと別の見方ができて
修正する表現は
考え方
直前「これまでは何も感じることがなかった」
=町に対する感じ方の話
⇨直後:作品というフィルター越しに現実を鑑賞する
∴変わるのは町の見え方、通すのは作品
⇨作品の読み方が変わったとする肢は向きが逆
正答の軸
変わったのは『町の見え方』であり、変化をもたらしたのは『作品』である(作品→現実、の向き)
各肢の判定
①○
②×「作品を新たな視点で読み解けて」変化の対象が作品になっており向きが逆。これは第4段落の『一方で』以降で述べられる内容であり、この位置ではない。
③×「作者の創作意図が感じられて」作者の意図の話は【文章】のどこにもなく、直後の『フィルターを通じて現実世界を鑑賞する』というまとめにもつながらない。
④×「時間の経過が実感できて」作品と現実の『ずれ』や時間の経過は【文章】にない観点の持ち込み。
問6(ⅱ)
問題冊子の【文章】を参照
考え方
加筆文「それは…からだろう」 =理由を述べる文
⇨「それ」が指すのは直前の印象
加筆文の中身:現実で得たイメージで作品を捉え直す
=現実から作品への向き
∴同じ向きの印象:小説のイメージが変わった気もした
∴その直後、主張の文の直前が(c)
正答の軸
『印象→(理由)→主張』の順に並ぶ位置を選ぶ。印象…『小説のイメージが変わった気もした』、主張…『作品が新しい姿を見せることもあるのだ』。その間は(c)
各肢の判定
①×「(a)」直前は『今までと別の見方ができて面白かった』=町の見え方の変化(作品→現実)であり、加筆文が説明する現実→作品の捉え直しとは向きが合わない。
②×「(b)」直前は『作品世界というフィルターを通じて現実世界をも鑑賞の対象にすることが可能である』というまとめであり、加筆文の『それ』が指す個別の印象がまだ述べられていない。
③○
④×「(d)」直前で既に主張が述べられており、理由を後から挟む形になって順序が崩れる。
問6(ⅲ)
そのための方針は問題冊子の【文章】を参照
考え方
【文章】の向きを二つに分ける
作品から現実への向き(第2・3段落、フィルターの文)
現実から作品への向き(『一方で』以降の加筆文)
どちらの向きも本文中に述べられている
∴片方だけの結論は誤り
正答の軸
【文章】は『作品→現実』と『現実→作品』の二つの向きを両方述べている。結論は両方向の相互作用
各肢の判定
①×「自分が生きている現実世界を知るために作品理解は欠かせない」作品→現実の一方向だけの結論であり、『一方で』以降の現実→作品の記述を切り捨てている。
②○
③×「現実世界を意識せずに作品世界だけを味わうことも有効である」【文章】のどこにも根拠がない立場の持ち込み。
④×「作品世界を鑑賞するには現実世界も鑑賞の対象にすることが欠かせない」現実→作品の一方向だけの結論であり、前半の作品→現実の記述を受けていない。また『欠かせない』という断定は【文章】の強度を超える。
教員用
骨の選定記録
授業の骨は「『音楽』『芸術』は『ある』のではなく『なる』——三層を自分で登る」を採用した。理由は、本文の幹(具体→一般→概念)と最終命題が一致し、問2・問3・問4の設問配列が同じ三層に対応するため。二項対立の組み替えは、骨の前段として二項対立表の軸1へ統合した。
背景知識
(1) 19世紀に成立した演奏会制度・美術館制度が、対象を元の文脈から切り離して『鑑賞』する態度を作った——本文第7段落『コンサートホ〜術館や博物館』の前提。(2) 複製メディア(LD・DVD)によって出来事そのものがパッケージ化され、鑑賞の対象になるという経験の性質変化——第6段落がこの件を『極めつき』とする理由。(3) 概念は自明の実体ではなく歴史の中で作られる、という考え方の一般形。本文に理論名・固有名は一切出ないため、授業では固有名を出さず本文の語(本質化/『ある』『なる』)だけで扱う。(4) 普遍性を掲げる言説が、それが成り立った特定の文脈を隠すことがあるという批判の型——第10段落末尾の『怪しげな』の含み。
口頭補足
通常のミサの空間配置(前方の祭壇へ向かって座る)とこの日の配置(後方に大編成、通常の出入口は閉め切り、客が半ば後ろを向く)の違い/ディズニーランド・ハウステンボス・『歴史的町並み』風の場所という具体例/紙幣の比喩の対応関係を生徒の言葉で言い直させる/『音楽は国境を越える』『音楽で世界は一つ』という言い回しを聞いたことがあるかを問い、なぜ『怪しげな』と評されたかを考えさせる。
転用可能な気づき
ある場所の内側で育った『見方』は、いったん身につくと、その場所の外にある現実そのものを作品のように見せ始める——聖地巡礼、映える場所探し、演出された町並みなど、他教材・時事へ転用できる視点。本文の主張そのものではないので、生徒向け板書の主張欄へ混ぜない。
設問全体の注意
問2:③④は『AがBに変わった』という一方向の物語で、第4段落で筆者が退けた二分法をそのまま再演している。/問3:④は向きの逆転(外→内と内→外の混同)。⑤は都市側の意図という本文にない付加。/問4:④が最大の引き。傍線直後の『からである』に近い語を多く含むが、価値観の生まれた場所を館の中に限定している点と、本文で変容する主体(概念)を力学へすり替えている点で本文とずれる。⑤は前半が第8・9段落、後半が第10段落+紙幣比喩に逐語対応する。/問5:不適当箇所は『別の問題への転換』の一点に絞り、誤答根拠を広げない。/問6(ⅱ):(b)と(c)の取り違えが起きやすい。記号がどの文の直後かを本文に印をつけて確認させる。
問1について
問1は共通テスト第1問の独立した漢字知識問題であり、通常の読解分析の対象にはしていない。正答は本文の傍線部の漢字と選択肢の漢字を照合して直接判定した:(ア)掲載②(ケイシュツ=掲出)/(イ)活躍③(ヤクジョ=躍如)/(ウ)催(し)②(サイミン=催眠)/(エ)悪弊②(ヒヘイ=疲弊)/(オ)紛(れ)③(フンキュウ=紛糾)。
問2 注意
③④は『AがBに変わった』という一方向の物語であり、第4段落で筆者が退けた二分法的ストーリーをそのまま再演している。ここを指摘すると本文の主張と設問が一本につながる。
問3 注意
④は方向の逆転という最も典型的な誤り。第8段落は『引きずり込まれる(外→内)』と『流れ込む(内→外)』を並置しているので、傍線Bが指す『進行しつつある状況』がどちらか一方ではないことも押さえる。
教員用
問4 注意
④との弁別が本問の山。④は傍線直後の『からである』に近い語を多く含むため引きが強いが、(1)価値観の生まれた場所を館の中に限定している点、(2)本文で変容するのは概念なのに『力学の変容過程』としている点、の二つで本文とずれる。加えて④後半は『過程を無視すると過程を明らかにできない』という同語反復に近い。⑤は前半・後半とも逐語の対応先があり、紙幣の比喩(それ自体に価値が具わっていると錯覚する)が『普遍的な価値を持つものとして機能してしまう』の直接の根拠になる。本文最終段落(『ある』ではなく『なる』)の理解を問う設問は問4のみであることも、正答が第10段落を射程に含むことを支える。
問5 注意
不適当箇所は『別の問題への転換』の一点に絞る。③後半(8段落の説明)は本文と大きく矛盾しないので、誤答根拠を広げすぎない。本文の三層構造(具体→一般→概念)を板書で確認していれば、ここは即答できる。
問6(ⅰ) 注意
②は【文章】後半(現実→作品)の内容であり、位置を取り違えると選んでしまう。前半(作品→現実)と後半(現実→作品)の二つの向きを最初に分けておくと、(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)がまとめて解ける。
問6(ⅱ) 注意
記号(a)〜(d)がそれぞれどの文の直後かを、まず本文に印を付けて確認させる。(b)と(c)の取り違えが最も起きやすい((b)はフィルター文の直後、(c)は『一方で』の文の直後)。
問6(ⅲ) 注意
本文(渡辺)の主張は『現実を鑑賞の対象にすることへの警戒』であり、【文章】はむしろその往復の有効性を述べている。両者を混同させないよう、ここで一度明示的に区切る。