北川東子「歴史の必然性について――私たちは歴史の一部である」
2023年度 大学入学共通テスト 追試験 第1問
問題提起Q
私たちは歴史の一部でもあるが、一部でしかない。──そのような私たちは、歴史とどう関わるべきか。
歴史とのかかわり方
外から関わる——ゆるい関心
内から関わる——証言
立場
歴史の当事者ではない(一部でしかない)
歴史の一部でもある(無関係ではない)
きっかけ
「自分の不在」の意識
「歴史の捏造」への怒り
歴史理解の基盤
史料と解釈学的距離(観察者の客観性)
自分の体験
関わり方
歴史家に委ね、間接的に関わる
みずから名乗り出て証言する
限定二つは対等な二択ではない。ふだんの基調はゆるい関心。内在は怒りのときに噴き出す試みにとどまる。
筆者の主張
「自分はそこにいない」という不在の意識が、ゆるい関心と歴史家の解釈学的距離をささえ、歴史を理解可能にしている。だが歴史の捏造を感じるとき、私たちはゆるい関心が正しい関わり方ではないと感じ、自分の体験を歴史理解の基礎に据えて歴史に内在しようとする。本文はそれを、証言者として名乗り出るのであろう、という推量のまま閉じる。
問1(ⅰ)
(ア)挙げて
①挙シキ
②カイ挙
③○レッ挙
④挙ドウ
(オ)関わる
①ナン関
②○関チ
③関モン
④ゼイ関
問1(ⅱ)
(イ)翻弄 ①本懐 ②謀反 ③○翻意 ④奔走
(ウ)怠惰 ①駄作 ②○惰性 ③妥協 ④長蛇
(エ)徹底 ①○根底 ②探偵 ③体裁 ④策定
問2
傍線部A 「自分の不〜うな歴史理解
どういうことか
本文参照箇所
第3段落。『歴史の一部でしかない』を「自分はそこにいない」と言い換えた文を確認。
第2段落。個人の記憶より前の時期という歴史の意識の生まれ方を確認。
第1段落。死ぬ運命という前提が歴史への関心の出発点であることを確認。
考え方
「自分の不在」は三つの言い方の重ね合わせ
exいつか死ぬ/自分がいなかった時間/自分はそこにいない
→核は「歴史の当事者ではない」
問いは、その前提でどう歴史を理解するか
⇨個人の記憶の外の出来事を捉える
cf具体例の片方だけに寄せると外れる
正答の軸
「当事者ではない」という前提と、「個人の記憶を超えた出来事を捉える」という理解の働きが、両方そろっているか。
各肢の判定
①×「当事者の立場で体験した出来事だけを歴史と考えること」『不在』の前提と正反対に、当事者の体験だけを歴史とする内容になっている。
②×「自分が生きた時代の出来事を歴史上に位置づけて把握すること」有限性は動機にとどまり、理解の対象を自分の生きた時代に限定してしまっている。
③×「歴史を動かした少数者だけを当事者と見なすこと」非対称性(権力性)の話であり、傍線部の歴史理解の説明になっていない。
問2
各肢の判定(つづき)
各肢の判定
④×「自分より年上の人々の経験から学ぼうとすること」本文は年長者と共に生きることで歴史を意識すると述べるにとどまり、経験から学ぶ対象とはしていない、具体例への限定。
⑤○
問3
傍線部B しかし同時に〜れでもある。
筆者がこのように述べる理由は
本文参照箇所
第6段落。歴史に登場する人物が体験者のごく一部にとどまることを確認。
第8段落前半。歴史に登場しないことを願う心情を確認。
第8段落後半。当事者にならずに済むことを願う結びの一文を確認。
考え方
非対称性=登場するのはごく一部
私は登場しないことを願っている
願いの中身…ホンロウされない・当事者でない
∴同じ非対称性が権力性でもあり願望でもある
cf権力者の記憶という限定は本文にない
正答の軸
記述されるのは『生きた人々の一部』であること、願いは『当事者にならずに済むこと』であること、の二つが本文どおりか。
各肢の判定
①×「多くの人々が慣れ親しんだ出来事が記述されたものである」本文の『ごく一部』と方向が逆。願いも『存在を意識したい』で方向が逆。
②×「歴史を動かした者の体験が記述されたものである」『責任からは免れたい』は本文にない語で、前半の記述内容も本文とずれる。
③×「権力を持つ者に関する記憶が記述されたものである」『歴史の権力性』は非対称性という構造の性格であり、登場人物を権力者に限る記述は本文にない。対象も『記憶』ではなく出来事の記述。
④○
⑤×「時代を大きく動かした人々を中心として記述されたものである」『価値ある出来事だけを知りたい』は知る側の欲求へのすり替えで、本文の願いは自分が登場しないことにある。
問4
傍線部C 「健全な歴史家意識」ともいうべき姿勢
どのような姿勢か
本文参照箇所
第15段落前半。史料研究を重んじる姿勢そのものを確認。
第15段落引用部。出来事の中心にいた当事者ではないという自覚を確認。
考え方
傍線の直後に理由がある
史料研究を重んじる ∵自分は中心にいなかった
exシーザー・フリードリヒ大王…中心にいた当事者
∴距離をとり、史料の解釈で認識する
cf歴史哲学への懐疑・客観性は別の段落の話
正答の軸
「当事者ではない」「距離を保つ」「史料に基づく解釈」の三つがそろい、別段落の話が混ざっていないか。
各肢の判定
①○
②×「知りうることの総体を歴史として確定させようとする姿勢」本文は『断片的にしか知りえない』とし、総体の確定とは逆方向。
③×「歴史哲学への懐疑をたえず意識しながら、市民の代理として歴史を解釈しようとする姿勢」『歴史哲学への懐疑』は第13段落、『市民の代理』は第11段落の内容の混入で、傍線Cの説明になっていない。
④×「実際に生きた人々の体験のみを記述しようとする姿勢」当事者の体験に依拠する立場となり、傍線Cの『中心から見聞きしたわけではない』という自覚と姿勢が逆。
⑤×「客観的に記述された歴史だけを観察しようとする姿勢」観察の対象が既存の歴史記述にずれ、史料に基づいて自ら再構成するという内実が消えている。
問5
傍線部D 私たちは歴史に内在しようとする
どういうことか
本文参照箇所
第12段落。ふだんは『間接的な関わり方』が基本であることを確認。
第21段落。歴史の捏造に対する激しい憤りが生じる場面を確認。
第22段落。自分の体験を歴史理解の基礎に据えたいと切望する結びを確認。
考え方
もとの状態…直接関わらない「ゆるい関心」
引き金…捏造を感じたときの憤り
憤りの向き先…ゆるい関心しか持てない自分のあり方
∴自分の体験を歴史理解の基礎に据えようとする
cf客観的に記述する、は外から関わる側の言い方
正答の軸
「ゆるい関心」→「捏造への憤り」→「自分の体験を基礎に」という連鎖が、すり替えなくたどれているか。
各肢の判定
①×「「歴史の捏造」を正さなければならないと感じることで」『正さなければならない』は本文にない。結びも『議論が起こることを望む』で、体験を基盤に据えたいという切望からずれる。
②○
③×「自己の体験を中心に据えつつ客観的に歴史を記述しようとすること」『客観的に歴史を記述しようとする』は外から関わる側の態度で、『内在』と向きが逆。
④×「歴史的出来事と歴史記述の間の不均衡を解消しようとすること」第6段落の非対称性の話へのすり替えで、傍線Dの内実とは異なる。
⑤×「自己の体験を客観的な歴史に重ね合わせようとすること」本文は体験を基盤に据えたいという切望であって、重ね合わせではない。
問6(ⅰ)a
傍線部a・b 難しい話題が扱いやすくなる
修正する表現はそれぞれ
考え方
鍵となる言葉の働き…複雑な論点を短く凝縮
→核心を端的に表現できる
正答の軸
鍵語の働きが『複雑な論点の凝縮』であるという範囲を出ていないか。
各肢の判定
①×「体験をふまえて」鍵語の働きは論点の凝縮であり、体験を踏まえる話ではない。
②○
③×「根拠に基づいて議論を展開する」根拠づけの話であり、鍵語による凝縮という働きの説明になっていない。
④×「論点を取捨選択する」『取捨選択』は選別であって、凝縮(端的な表現)とは異なる。
問6(ⅰ)b
傍線部a・b これらによっ〜なっている。
修正する表現はそれぞれ
考え方
直後に「必ずしも一致しない」と続く
∴権威づけではなく、背後の専門的知見の提示
正答の軸
『必ずしも一致しない』という直後の一文と両立する内容か(権威づけと読めないか)。
各肢の判定
①×「筆者の主張を権威づけている」直後の『歴史家の言葉と筆者の主張は必ずしも一致しているわけではない』と噛み合わない。
②○
③×「既存の学説を批判的に検討している」【文章】に批判的検討の記述はない。
④×「多様な見解を抽象化している」抽象化しているのは筆者の鍵語であり、歴史家の言葉ではない。
問6(ⅱ)
書き加えるまとめの方針は問題冊子の【文章】を参照
考え方
【文章】末尾…歴史家の言葉と主張は必ずしも一致しない
∴従来の学説の提示+問題点の指摘が対応
cf根拠として引用する、は一致しないという留保と合わない
正答の軸
【文章】末尾の『歴史家の言葉と筆者の主張は必ずしも一致しているわけではない』という留保と両立する説明か(根拠として引用すると読めないか)。
各肢の判定
①○
②×「専門的な見解を根拠として引用する」【文章】末尾は歴史家の言葉と筆者の主張が必ずしも一致しないと述べており、歴史家の言葉を主張の根拠として引く書き方ではない。
③×「身近な事例を挙げて読者の理解を促す必要がある」【文章】が挙げていない技術。
④×「多様な学説を参照して相互の整合性を確認する必要がある」『必ずしも一致しているわけではない』と矛盾する。
教員用
骨の選定記録
採用:外在(ゆるい関心)と内在(証言)を同一の問いの上に並べ、決着しないまま閉じることまで読む。不採用:『ゆるい関心』の現代的意義のみを骨にする案(末尾を統括できない)、客観性の逆説のみを骨にする案(前半の心理と末尾を統括できない)。
背景知識
ヘーゲル以降のドイツ歴史哲学(シュネーデルバッハの『深い懐疑』、ドロイゼン→ディルタイ→ジンメルの歴史の解釈学)。ディルタイの系譜では、外から再構成する態度と、体験に根ざして理解する態度の緊張が主題化されてきた。板書の軸には使わない。『歴史の権力性』を現代の情報化・科学技術の文脈へ広げる読みは、本文に接続点がないため採らない。『誰が歴史に登場できるか』という選別自体を権力とみなす見方は、本文は一文で提示するにとどまる。
口頭補足
『ゆるい関心〜るからである(第10段落)。
口頭補足
歴史家の態度は、すでに書かれた外国語のテキストを読むような態度(第19段落)。解釈学的距離の具体像として使う。ドロイゼンの定義の全文と『知の地平』の言い換えも扱う(第17・18段落)。
転用可能な気づき
無関係でも当事者でもない関わり方という枠組みは他教材へ転用できる。また、抽象命題を一人称の具体に落としてから再び一般化する型は、評論を読むときにも書くときにも使える観察点であり、問6の観察対象とも接続する。
注意
生徒がしやすい浅い読み5点。①『ゆるい関心』を無関心・他人事と読む。②『自分の不在』を生まれる前という時間的不在だけに限定する。③『非対称性』を不公平の告発として読む。④『健全な歴史家意識』を謙虚さという人格の話にする。⑤末尾を『当事者になるべきだ』という規範的結論として読む。
注意
問2の選択肢④は訂正後の表記『自分の生まれる前の出来事は体験できないという意識を前提として』で扱う(原本『生前』を『生まれる前』に訂正)。
注意
添付の解答記録と本文照合による判断は、問6(ⅱ)を除き一致した。問6(ⅱ)(解答番号12)は公式の正解表・添付の解答記録どおり①が正解であり、原案の②から訂正した。特に問3(③との弁別)と問6(ⅰ)b(①との弁別)は教師による確認の価値がある。
問別(弁別点・作問者採用解釈)
問2=具体例(ホブズボーム)への限定か、第3段落での統合的な言い換えか、という弁別。作問者は二つの引用を統合した一般命題として傍線Aを解釈しており、自然な読みと一致する。
問別(弁別点・作問者採用解釈)
問3=本文にない限定(『権力者の記憶』)を加えた選択肢を外せるかという弁別。非対称性という事実の記述に、第8段落の一人称の願望を重ねて理由とする読みが自然な読みと一致する。
問別(弁別点・作問者採用解釈)
問4=隣接段落(歴史哲学への懐疑・客観性)の内容混入を外せるかという弁別。傍線Cは史料研究を支える立場の自覚であり、人格的資質ではないという読みが自然な読みと一致する。
教員用
問別(弁別点・作問者採用解釈)
問5=引き金(怒り)と変化後の欲求(体験を基礎に)を、別段落の話へすり替えずに保てるかという弁別。内在は試みであって完了した転換ではないという読みが自然な読みと一致する。
問別(弁別点・作問者採用解釈)
問6=【文章】に書かれていない技術(体験・批判・身近な事例・整合性の確認)を持ち込んだ選択肢を外せるかという弁別、および問6(ⅱ)では【文章】末尾『歴史家の言葉と筆者の主張は必ずしも一致しているわけではない』という留保と両立する選択肢か(歴史家の言葉を根拠として引用すると読めないか)という弁別。問6(ⅱ)(解答番号12)は公式の正解表・添付の解答記録どおり①を正解とする。全設問で公式の正解・添付の解答記録と、本文照合による判断は一致する。